タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。
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ミュニシパリズム。耳慣れない言葉ですね。ミュニ・シパ・リズム、ミュニ・シパ・リズム。なんだか心地いい音です。きっとこれから目にする機会が増えるはずです。
ミュニシパリズムは地域の主権を大切にする新しい政治運動のこと。住民自治ともいいます。そんなの昔から町内会でおじいちゃんたちがやってる気もしますが、ちょっと違う。権限を持つ一部の年長男性が物事を決める従来のやり方ではなく、住民たちが対等な立場で互いに話を聞き、意見を言い、地元を住みやすくする知恵を出して実践します。その決定はグローバルな大企業のビジネスやそれと結びついた政府の方針とは相容れないことがあります。しかしそうした大きな力を恐れずに、地域に暮らす人の命を大切にしたまちづくりをしようという動きが欧州などで広がりつつあるのです。立場の弱い人が取りこぼされず、誰もが安心して人間らしく暮らせる地域づくり。ミュニシパリズムが注目されているのは、そうした自治体が国境を超えて連携する動きがあるからです。世界を覆う新自由主義のもとで格差が拡大し、生活に不可欠な公共サービスが次々と民営化され、弱者は自己責任と切り捨て。環境破壊が進み、温暖化対策やジェンダー平等達成、難民受け入れなどは待ったなしです。利権争いに明け暮れる国政の場で暴論を掲げる煽動者が台頭する一方で、不安と無力感を覚えていた無名の人たちが、自身の生活圏で手の届くことから変えようと動き始めています。
日本でも東京・杉並区長の岸本聡子さんらがミュニシパリズムを提唱。今年の統一地方選挙では、ジェンダー平等や環境政策を始め地域の生活課題を訴えた女性候補や若い候補が全国で躍進しました。まずは自分の暮らしを変えよう。そんな小さなアクションが同時多発的に起きれば、足元から日本を変えられるかも。
◎小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。寄付サイト「ひとりじゃないよPJ」呼びかけ人。
※AERA 2023年7月10日号