患者は、医師はそんな気持ち、態度で患者と接し、病気に立ち向かおうとしている、ということを認識する必要があります。もちろん、Hさんの気持ちの伝え方に問題があって、医師との対話がHさんの意図、希望通りに進められなかったのはすべてHさんの責任、というのは酷でしょう。
それでも、医療者にとっての治療と、患者にとっての治療とは同一ではない、ということを考え、理解しておくことも大事です。生きることの目的、そして治療を受ける目標は何か、という点に目を向けることが大切です。痛みや苦しみに耐え、一日でも長く生きることが最も大切なのか、それとも少し短くはなるかもしれないが、楽に生きるほうが大切なのかを考え、決めるには究極の目的力が求められます。
医師も良いと考える助言や提案をする務めを担っていることを理解したうえで、その目的力を発揮して最終的な判断ができるのは、患者自身である、という役割力も必要です。
【エピソード2】
時間が限られている回診のときではなく、Hさんから「先生とお話がしたいので来てもらえないか」と頼んで、病室に来てもらった。
Hさん:先生、お忙しいところわざわざ来てくださってありがとうございます。
医師:そんなことはありませんよ。いつでもおっしゃってください。で、どうしましたか?
Hさん:この前おっしゃっていた今後の治療ですが……抗がん剤や放射線はもういいと思っています。
医師:え? あれ、この前はもう少し様子を見ようということで、分かってもらっていたかと……
Hさん:先生のお気持ちは、ありがたいのですが……。私なりによく考えてみました。
医師:……。
Hさん:今まで80年以上、いや90年近く生きてきて、いろんなことがありました。仕事が忙しくて、でもやりがいのある仕事だったので一生懸命打ち込んで、妻や子どもたちをそれなりに支えてきたつもりです。もちろん家族からの応援や、忙しくて十分に家族と時間を過ごせないことを我慢させたという、ある種の犠牲があったからこそ最後まで仕事を続けることができたと思っています。