エッセイスト 小島慶子
エッセイスト 小島慶子
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 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

【写真】思い入れのあるものになった傘はこちら

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 人はなぜ、傘をなくすのでしょうか。私はあまりにもよくなくすので、ある時ついに傘を差さなくなりました。よほどの土砂降りでない限りは、濡れていくことを選んだのです。雨の日に仕事の現場に着くと「だ、大丈夫ですか、なんかすごい濡れてますよ!」と心配されることも。でも、水ですからそのうち乾きます。

 そもそも、朝から雨が降っていても2回に1回は傘を持って出るのを忘れます。珍しく忘れずに持って出ると、どこかに置いてきてしまいます。歩いていると前の人が畳んだ傘を横に持っていて、先端が刺さりそうになります。閉じた傘を腕にかけていると、歩くときに両脚の間に挟まって転びそうになります。ちょっとかがむと傘が腕から外れてカタン!と床に倒れます。書いていてもイライラしますが、本当にあの傘というやつは、雨を避(よ)けてくれているとき以外は実に邪魔な存在なのです。

 そんな非傘派の私が意を強くしたのは、オーストラリアと行き来する生活を始めてから。パースでは降ってきたらフードを被るか、濡れていく。そして自然に乾かす。基本的に通り雨のような降り方が多いこともあってか、長い傘や折りたたみの傘を持ち歩く習慣はないようです。

傘が「邪魔な存在」から思い入れのあるものになって、なくさないよう気をつけるようになった(写真:本人提供)
傘が「邪魔な存在」から思い入れのあるものになって、なくさないよう気をつけるようになった(写真:本人提供)

 それですっかりこのまま生きていくつもりだったのですが、最近改心しました。以前私のマネージャーだった女性が素敵な透明の傘を誕生日にくれたのですが、勿体無くて使っていませんでした。それを試しに差してみたら風にも強く、持ち手の手触りも良く、とても快適だったのです。大事なものなのでなくさないように気をつけます。今では同じメーカーの折りたたみタイプも購入し、以前よりも傘を差すことが増えました。どうやら問題は傘の形ではなく、私の気持ちのありようにあったみたいです。傘に限ったことではないですが、思い入れのあるものを、大切に。

◎小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。寄付サイト「ひとりじゃないよPJ」呼びかけ人。

AERA 2023年6月26日号