モロッコの海沿いの街。ミナ(ルブナ・アザバル)は夫のハリムと伝統衣装カフタンの仕立て屋を営んでいる。病を抱えるミナのため、ハリムは若い男ユーセフを助手として雇う。だが、二人を見守るミナの心は複雑で……。同性愛というモロッコ社会のタブーに踏み込む挑戦的な作品「青いカフタンの仕立て屋」。脚本も務めたマリヤム・トゥザニ監督に見どころを聞いた。
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ハリムは真の自分を隠し、25年間妻のミナと連れ添ってきた男性です。モロッコでは同性間の性的逸脱行為は刑法で罰せられます。私は表向きの「顔」のために結婚しているカップルを多く見てきました。公には語られず、しかし誰もがその存在を知っている。社会的な規範のなかで真の自分になれず、仮面をつけて生きることがどれほど暴力的なことか。そんな思いから、ハリムというキャラクターが生まれました。
いっぽうで彼の真実に気づいているミナもまた、自分の人生を犠牲にしています。しかしそれは義務からなどではなく、ハリムを人間的に愛し、寄り添いたいと心から思っているからです。二人はそれぞれの愛のかたちで、互いに深く愛し合っているのです。
ミナは死期をさとり、目を背けてきた夫との問題に向き合わなければならなくなります。つらいことですが、私は自分の命が永遠ではないのだと気づくことによって人はより勇敢になれると思っています。ミナはその選択と行動によって、ハリムに新たな人生をもたらします。それは自身の死を再生に変換することでもあるのです。
私の題材はタブーに挑戦していると言われます。でも描きたいものを描くことに恐怖心はありません。映画とは対話を始めるきっかけになるものだと信じているのです。本作は6月にモロッコでの公開が決まり、反応が楽しみです。
私は日本にずっと私たちの文化と通ずるものを感じてきました。特に伝統に対するリスペクトに共感します。ただ、その伝統は誰かの幸せの妨げになっているかもしれない。だとすれば、それは変化させる必要があります。個人の自由を尊重しつつ、カフタンのような伝統を維持すること、私はその共存は可能だと思っているのです。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2023年6月12日号