売野さんが数々の名曲を生み出してきた源流には、アイデアを書き留めたノートの存在があったという。
「ただ、いつの間にか面倒くさくなってやめっちゃったんですよ(笑)。最近はスマホでもメモをとろうとしますが、やっぱり面倒くさい」
しかし最近、あらたにノートを買った。
「初心にかえってみようと。ノートとペンを、手をのばせばすぐ書けるような状態にしました。何か思い付いたこと、見たもの、感じたこと、いろいろメモしていこうと。なぜ面倒くさくなったかというと、何か思い付いたときにノートやメモを探す面倒、ペンを探す面倒、そういったものがあるから行動にうつれないけれど、そばにあるとすぐ書けますからね。『忘れちゃうような思いつきならたいしたものではない』と言うこともありますが、忘れちゃう良い思いつきだってあるからね」
いわゆる「夢日記」をつけていたこともあったという。
「やっぱり夢って奇想天外だからね、それこそすぐ書かないと思い出せないけれど、読み返すとすごく面白い。なんでその習慣をやめちゃったのか(笑)」
こんな夢を見たことがあったという。
「アラスカかどこかの氷原地帯で、きれいなブルーの川が流れてるんです。僕はそれを俯瞰で眺めているのですが、その川の流れの中から、分厚い氷を頭に乗せてせりあがってくる奴がいるんです。それが、坂本龍一だった(笑)。目の前で起こったあまりのことに、なんなんだこれはと、そばに行って聞くんです。そうすると、『坂本龍一なのは知ってますよ』って(笑)。これは書き留めたから思い出せる。そういう夢の面白さも大切ですね(笑)」
売野さんの長いキャリアの中で、「ひとつのターニングポイントとなった」と位置付けるのが、小室哲哉が作曲した、東京パフォーマンスドールの「キスは少年を浪費する」(93年)だという。
「当時のディレクターが、とにかくわけのわからないタイトルにしてくれと言ったんです。今までそういう人いなかったから、半信半疑だったのですが、小室サウンドを聞いたところ、ものすごく優れたメロディだった。そのとき僕が受けた印象は、悪魔的。デモーニッシュなものを感じて、ちょっとゾクゾクした。それに合った言葉を探そうと思っていたところ、当時読んでいた栗本慎一郎の本に、“蕩尽”、何かを消費しつくすことについて書いてあったのがすごく面白くて。ほんとは蕩尽を使いたかったけれど、さすがにわけわかんなすぎるかなと思って、『浪費』という言葉に置き換えました。ここから一年ほど前に、江利じゅんという歌手に『私は男を浪費する』という曲の歌詞を書いたのですが、それほどヒットしなかったので、小室サウンドでそのリベンジをしようと。あとはレトリックやメタファーをひたすら詰め込んで、『キスは少年を浪費する』が生まれたわけなんです」