しかし、そうした客観的な分析とは別に、移民の受入れは「中国人、韓国人による日本の乗っ取り」につながるとの議論が行われ始めた。
外国人の増加は中国人や韓国人の増加につながり、それは日本の安全保障上にとって問題であるとの言説が広がった。経済発展を遂げる中国や、日本と同水準の所得となった韓国から単純労働者が大量に入って来るとは考えにくい。大卒以上の高度人材では日本は従来から中国、韓国をはじめ世界から数の上限を設けることなく受入れをしており、その結果、多くの中国人、韓国人がすでに日本で働き定住している。しかし現制度についての反対論は聞かない。中国、韓国からの移住者を警戒するのであれば現在の制度自体を批判すべきで、中国、韓国からの受入れは極めて少ない単純労働の受入れについて批判するのは当たらないことになる。
しかし、結果として、外国人の増加につながる移民政策は、日本の国のあり方をゆがめ、日本文化を台無しにしかねない危険な政策との批判が高まった。対中、対韓関係の悪化と、ほぼ同時期に両国への国民感情は悪化している。
2006年から始まる安倍政権は、対外関係の悪化の中で保守的な色合いを持っていたと言える。たとえば、政権発足当時から「戦後レジームからの脱却」を掲げ、さまざまな改革に取り組んだ。青少年の道徳心や規範意識への懸念をもとに教育基本法の改正の実施や防衛庁の防衛省への格上げなど、保守的と見られる政策がとられた。
対中国、対韓国関係の悪化に加え、国内の保守的傾向が移民について、政治家や政府が距離を置かせる姿勢につながったのだと想像できる。
●毛受敏浩(めんじゅ・としひろ)
1954年徳島県生まれ。慶應義塾大学法学部卒、米エバグリーン州立大学公共政策大学院修士。兵庫県庁に入職後、日本国際交流センターに勤務し、現在、執行理事。文化庁文化審議会委員。著書に『人口激減─移民は日本に必要である』(新潮新書)、『自治体がひらく日本の移民政策』(明石書店)、『限界国家─人口減少で日本が迫られる最終選択』(朝日新書)など。