捜査指揮官としては、「検察上層部と法務省も関わった検討」でゴーサインが出るかどうかの「見通し」が重要となるが、そこには、「法務・検察と政権との距離感」についての認識も影響する。

 そういう意味で、社会の耳目を引く事件で、法務・検察の組織としての対応が、政権寄りではないかと思える出来事が起きると、特捜部などの捜査の現場に、「政権の意向に反する方向での捜査はやっても無駄」という認識を与え、それが現場の「空気」となって、政界捜査への消極的姿勢につながることもあり得る。

 桜を見る会問題での検察捜査の動きが表面化したのは、安倍氏の首相辞任後の2020年11月のことだった。この問題についての、公職選挙法(寄附行為の禁止)違反と政治資金規正法違反(不記載)の容疑での全国の弁護士ら約660人による東京地検特捜部への告発状の提出は、その半年前の5月21日に行われていた。

 公設秘書が略式命令を受けた前夜祭についての政治資金規正法違反は、2019年11月の国会で追及が始まった時点から、全く弁解の余地のないものであり、「ホテルと参加者の直接契約」などとする安倍氏の説明は、完全に崩壊していた。検察が、告発状の提出を受けた時点で、ただちに捜査に着手していれば、安倍首相は、その問題で引責辞任に追い込まれた可能性がある。証拠上・法解釈上の問題があるとは思えない事件だったが、検察は安倍氏の首相在任中には動かなかった。このような動きには、やはり現職総理大臣への配慮が働いているとみることができる。

 安倍内閣においては、「選挙で多数の国民の支持を受けていること」を背景に、何か問題が指摘されると「法令に違反していない」と開き直り、そう言えない時には「閣議決定で法令解釈を変更した」として、すべての物事を問題ないことにして済ますやり方がまかり通った。

 それに加えて、「法令違反」を客観的に糺(ただ)す立場の検察が、政権に忖度や配慮をするということになると、「法令遵守と多数決」による「単純化」は、まさに「完結」することになるのである。

 安倍元首相の国葬をめぐる議論に関して、読売・産経両紙が、内閣府設置法が国葬の法令上の根拠であることを示す内部文書が存在するかのようなミスリーディングな報道を行ったことにも、新聞の報道姿勢が表れているように思える。

 しかし、一方で、森友・加計学園問題について、野党側による「安倍首相の関与」に特化した追及という問題の「単純化」の方にも大きな問題があったことは、これまで述べてきたとおりだ。その背景には、マスコミによる政権追及報道も「単純化」され、問題の本質がとらえられていないということもあった。

 安倍政権と野党、安倍支持者と安倍批判者の間で議論が「二極化」し、噛み合わなかったのと同様に、マスコミ報道も、政権擁護的な読売・産経と、政権批判的な朝日・毎日・東京の間で報道姿勢が「二極化」し、それが社会の分断を一層顕著にしていった。

●郷原信郎(ごうはら・のぶお)
1955年生まれ。弁護士(郷原総合コンプライアンス法律事務所代表)。東京大学理学部卒業後、民間会社を経て、1983年検事任官。東京地検、長崎地検次席検事、法務総合研究所総括研究官等を経て、2006年退官。「法令遵守」からの脱却、「社会的要請への適応」としてのコンプライアンスの視点から、様々な分野の問題に斬り込む。名城大学教授・コンプライアンス研究センター長、総務省顧問・コンプライアンス室長、関西大学特任教授、横浜市コンプライアンス顧問などを歴任。近著に『“歪んだ法"に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」』(KADOKAWA)がある。