「人生で大事にしてきたのが科学、ソーシャルジャスティス、そして人間が大好きだということです。この三つのテーマが重なった部分にあるのが、小児科医の仕事なのだと思います」

 そんな内田さんだが、幼少期から欧米で受けてきたアジア人差別によるトラウマの影響は、今でも残っているという。本書の読みどころのひとつ、研修医時代にアジア人嫌いのベトナム戦争帰還兵の患者を受け持ったときの経験は、分断と対話をめぐる短編小説のような奥深さがある。

 他にもネガティブな感情にのみ込まれないための「再評価」「ラジカル・アクセプタンス」など、さまざまな心理学用語を紹介しながら、女性や母親への攻撃が起こる理由、ネットメディアが「炎上」するメカニズムについて、客観的な見方を示してくれる。日々、目にするモヤモヤした出来事が名付けられることで対処できるのだとわかることに、勇気づけられた。

「不当な苦労をしている人を少しでも減らそうというのがソーシャルジャスティスですが、どこか種まきに似ています。すぐに変わらなくても未来に向けて、誰かが一歩でも前に進むための種まきを、これからもしていきたいと思います」

(ライター・矢内裕子)

AERA 2023年6月26日号