原語の読み方は大切です。なぜなら現地の日本人たちは、英訳された単語(上記の例ではEdo Wonderland)なんて聞いてもなんのこっちゃ、わからないからです。「Nikko Edomura 」と言われて、初めて何を指しているかがわかる。外国人観光客には「Edo Wonderland」と謳った方が施設の概要や魅力が伝わるけれど、現地の人のためにも「Nikko Edomura」の原語を知らしめることは必要。そんなねらいでの併記なのでしょう。

 観光客ではなく日本に住みはじめると、特に日本語を英訳しない必要性を日々感じます。たとえば「住民票」という単語がそうです。住民票という概念は、全世界共通のものではありません。少なくともアメリカには存在せず、「運転免許証→driver’s license」のように100%合致する英訳語は見当たりません。無理に訳すと「residence certificate(居住を証明するもの)」となりますが、そんな言い方をしても日本人には通じない。だから在日外国人の多くは「Juminhyou」と、日本語をそのまま使っています。住民票という言葉を使う時はだいたい日本人が相手であり、在日外国人の間でも「Juminhyou」という言葉が認知されていて、無理やり英語にした「residence certificate」なんて単語を使っても誤解を招くだけだからです。

 まとめると、ある単語が(1)日本語特有の概念である(2)話し相手が主に日本人や日本在住者である(3)固有名詞化している、のいずれかの条件があてはまる場合には日本語を無理に英訳しなくていい、というか英訳しないほうがよさそうです。

 ここで冒頭の疑問に戻ります。「中央通り」は、英語でなんといえばいいでしょう。「市街地の中心を通る主要道路=central street」は日本語特有の概念ではなく各国各都市にありますから、「central street」と言って通じないことはないでしょう。話し相手が外国人観光客だったらなおさら「central street」と言ったほうがわかりやすいはずです。でもその土地の「中央通り」が全住民、全訪問者に知れ渡っている固有名詞だったら、「Chuo Street」、さらには話し相手が現地のタクシー運転手さんだったり土産店の店員さんだったりしたら「Chuo Dori」と言った方が伝わる確率が高そうです。JR中央線が「Chuo Line」だったり、カンボジアのアンコールワットが単語が意味するところの「寺院町」ではなく原語そのままの「アンコールワット」として知れ渡っているように。一番は、観光客と現地の人がお互い気持ちよくコミュニケーションできること。そのためには、訳語の内容も変わるのです。

〇大井美紗子(おおい・みさこ)
ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

AERAオンライン限定記事

▼▼▼AERA最新号はこちら▼▼▼