写真はイメージ(GettyImages)
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不妊治療を「やめる」——治療を続ければ続けるほど、時間も労力も金額もかさみ、その決断は途方もない葛藤と向き合う。不妊治療の今を探る短期集中連載「不妊治療の孤独」の最終回の第4回前編に引き続き、10年にわたる不妊治療をやめた当事者のリアルな体験談。不妊治療をやめる決心をしてから、見えてきたものとは?

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 神奈川県在住の渡邉雅代さん(51)は、7年前、44歳の時に、10年間にわたる妊活と不妊治療を子どもを授からないままに終えた。

 長年にわたって苦しい思いを続けながら、多額をかけて向き合ってきた治療の転機は42歳の時。医師から「このまま治療を続けても難しいと思う」「夫婦二人の生活について話してみたらどうか」という“宣告”だった。

 医師からの言葉には頭が真っ白になったが、治療をやめることより、治療を続けている方がどこか楽である自分にも気づいていた。まるでベルトコンベアーに乗っているかのように、医師から言われるスケジュール通りに治療を受けていることで得られる、空虚な安心感。もはやそこに自分の感情はなく、心とからだが分断されている感覚だった。医師からの言葉は、そんな自分に立ち止まって考えるきっかけをくれた。

 雅代さんは夫に「もう一度だけチャンスをください」と話し、最後の体外受精に臨んだ。夫も「気の済むまでやればいい」と背中を押した。落ち着いた精神状態を取り戻し、心身ともに整えて“ラスト”に臨もうと、毎日ヨガを続けて自分自身と向き合うように。

 次第に体調が整い、穏やかになっていく中で、タイミングをはかってチャレンジすると、自然妊娠した。喜ぶのも束の間で流産し落ち込んだが、自分に自信を取り戻すことができた。

 その一年後、44歳の時にまた自然妊娠。心臓の動きを見ることができたが、安定期に入る直前に、またも流産した。強い生理痛のような鈍くて重い痛みが続き、自宅で自然排出した経験は、まるで出産のようで、雅代さんにとって宝物になった。その日の夜は、手の平サイズの“我が子”と一緒に寝たことも、大切な思い出だ。

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松岡かすみ

松岡かすみ

松岡かすみ(まつおか・かすみ) 1986年、高知県生まれ。同志社大学文学部卒業。PR会社、宣伝会議を経て、2015年より「週刊朝日」編集部記者。2021年からフリーランス記者として、雑誌や書籍、ウェブメディアなどの分野で活動。

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妊娠だけを考えていた10年間から解放