生まれてみたら、子どもはかわいかったが、新生児の子育ては想像以上に大変だった。とにかく寝ない、泣きやまない。新米ママなら、誰もが経験する壁に里英さんもぶち当たっていた。
悔しかったのは、孝雄さんのほうが子どもの世話に慣れていたこと。里英さんが抱っこしても泣きやまないのに、孝雄さんが抱くとすんなり泣きやむことが続いた。母親なのに! 保育士なのに! 里英さんのプライドはズタズタになった。だから、孝雄さんのアドバイスは無視した。
「こんなときはこうしろとか、うるさくて。子育てを手伝ってくれるのはありがたいことだし、内心、夫の言うことが正しいとわかっていても、それを認めたくなかった。『私は私のやり方でやる!』と言い張ってしまいました」
筆者も里英さんの気持ちはよくわかる。女性として、母親として花をもたせてほしいのだ。でも、その気持ちは、正論で押してくる孝雄さんには伝わらない。
「実家に電話をかけて、つい愚痴ってしまいました。こんなこと言われた、あんなこと言われたと洗いざらい話したら、父親と彼女が『それ、モラハラだよ、DVだよ』と。味方になってくれたのがうれしくて、どんどん夫を悪く言うようになってしまったんです」
内心では「DVではない」とわかっていた。でも、DVということにしておけば、父親と彼女は自分の味方をしてくれる。何なら、子どもを連れて新潟に帰ってこいとまで言ってくれる。その話に乗るのも悪くない、と思った。
「そのときは夫と別れてもいいや、と思っていました」
里英さんの思惑以上に父親と彼女がヒートアップして、予定していた日より早く実力行使に出たのは想定外だった。父親と彼女が「今夜行く!」と言い出し上京してきて、里英さんと子どもを連れ帰ろうとしたことが、警察を呼ぶ騒ぎになった。
「バタバタと警察がやってきて、すごく怖かった。警察が帰った後、夫に『里英がやろうとしていたことは有害だ、犯罪だ』と言われたのはショックでした。私はただ、うまくいかない現状から逃げたかっただけなんです」