そんな里英さんの話を聞いて、孝雄さんは的確なアドバイスをくれた。「体調を崩しているなら彼氏とは今すぐ別れた方がいい」、「お父さんは大丈夫、受け入れてくれるから頼ればいい」。里英さんが行動するための具体的なプランも示してくれた。

「夫の言うとおりに行動してみたら、いろいろなことがうまくいったんです。すごいなあ、って一気に信頼が高まりました。でも当時はまだ恋愛感情はなくて、恩人みたいに感じていました」

 里英さんはいったん新潟に戻り、父親とその彼女の助けを得ながら、しばらく祖母宅で過ごした。親との関係が取り戻せたことはよかったが、居候の身としては居心地がよくなかった。自分自身の力で、人生をやり直したいと思った。新潟ではない、別の場所で。

「そのとき、思い浮かんだのが夫の住む大阪だったんです。私は保育士なので、そこそこの規模の都市であれば、どこでも就職先は見つかる。夫に相談したら『いいんじゃない?』と言ってくれました。大阪には土地勘がないので、いろいろアドバイスしてくれて、引っ越しの際にはお金まで出してくれました。そうですね、その頃にははっきりと恋愛感情が生まれていました」

 孝雄さんには、同居する元妻と子どもがいることも知っていた。

「うちの家庭も複雑だし、そのことはそれほど気になりませんでした。夫の年齢からしても、過去がいろいろあるのは当然だろうな、と」

 とはいえ、彼女という立場になってからは、やはりおもしろくはない。里英さん自身、気づかないうちに不満がたまっていった。それが態度や言葉の端々に出た、ような気がする。けんかや言い合いが増え、里英さんは「大阪なんか、来るんじゃなかった」と言った。その言葉に、孝雄さんはひどく腹を立て里英さんを叱った。里英さんは、謝らなかった。我慢しているのは自分の方なのに、という思いもあった。

 そんな時、孝雄さんが元妻との同居を解消し、里英さんの部屋に転がり込んできた。もともと孝雄さんが借りてくれた部屋だから、もちろん異論はない。そうこうしているうちに、妊娠していることがわかった。

「私は保育士だし、子どもは大好き。まだ籍は入れていなかったけれど、素直にうれしかったです」

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「それモラハラだよ、DVだよ」