太田和彦『居酒屋と県民性』(朝日文庫)※本の詳細をAmazonで見る
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 また黙っていても出る「お通し」というものがあり、これは選べず安価有料だが、その店の特徴、気の利き方を表す楽しみになる。注文の料理ができるまで、しばらくこれでしのいでくださいと、日本人は丁寧だ。いつも同じ品と決めている店もあり、客はそれでその店に来た実感をわかす。

 これだけ豊かな食が日常的に安価に提供されている飲食店は諸外国にはないだろう。南北に長く、四方を海に囲まれ、地形は変化に富んでさまざまな気候風土となり、それにあった農業、漁業、さらに調理を工夫するのが好きな国民性が生んだ、日本の食文化の豊かさゆえだ。日本人はその豊かさを居酒屋で日常的に楽しんでいる。

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 また日本の居酒屋の特徴としては、会社帰りに同僚や部下などと「ちょっと一杯」と人を誘って入る風習があること。欧米では勤務時間が終わると1人で帰るのが当たり前で、飲みながら仕事の話の続きや愚痴を言いあい、その場でさっぱりするというのは理解を超えるようだ。日本も最近はこういうことを忌避する傾向らしいが、私は酒を間に本音を語りあうのはとてもよいことで、垣根をなくし人を育てると思う。そのために居酒屋という格好の場所がある。日本の居酒屋は胸襟を開いて他人と交わる場所なのだ。個人主義よりも協調をよりどころとする島国的国民性が、居酒屋を必要とした。昔、大学で教えているとき、スウェーデンから交換訪問で来日した教授を居酒屋に案内すると、わが国にはこういう店はないと喜んでいた。

 さらに、1人で入って店の主人や女将と親しく話す楽しみもある。「顔を出す」と言う。これは仕事や家庭とはちがう、もう一つの自分の居場所を持つことだ。日本人は家族的な雰囲気を好み、それを求めて居酒屋に行く。古い店であれば、主人が2代目なら客も2代目。「おまえの親父はそんな飲み方をしなかった」と説教されてよろこぶことも。

 こうしてみると日本の居酒屋は諸外国に較べて特徴がつよいと感じる。そこで育まれる共同体意識が都市の安定装置になっている。小説でも映画でも居酒屋は日常的に登場して、本音や人間性が表れる舞台に使われる。これは文化だ。日本の居酒屋には文化がある。

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