故郷の徳島に結んだ庵「ナルト・サンガ」で開かれた青空法話で。東日本大震災について語った(写真・編集部)
故郷の徳島に結んだ庵「ナルト・サンガ」で開かれた青空法話で。東日本大震災について語った(写真・編集部)

 買い物が好きで衝動買いが辞められない、物欲をなくすにはどうしたらよいか、という50代の女性には「人間は欲がなければ生きていけない」と語りかける。寂聴さん自身は、「物欲がなくなる」という経験をしたという。

「私は出家するときに、持っているものをほとんど整理してしまったんですよ。着るものは法衣しか着られないと思っていたものですから、もう全部、使えるものは人にあげました。出家は生きながら死ぬことだと思ったから、生き形見として周りの人たちにみんなあげてしまって、きれいさっぱりになったんですよ。物はどうせ持てないと思ったんですね。出家してみたら、案外そうでもなかったんですが、そのときは非常に悲壮な感じだったから。だけど、それからまた何十年も生きて、ふっと見回したら、前よりもっと物が多くなっていて、『これをまた整理しなきゃいけないときが来たな』と感じています」

「欲っていうのはやっぱり、(物を)持っていたら欲が出るのね。持ってないと欲が出ない。そして、全部持っていたものを人にあげてしまったときは非常にすがすがしかったですね。そのとき、私は初めて物欲をなくしたと思います。お金も要らない、物も要らない、着るものも要らないという経験を一度したから、今でも何もなくなることは怖くないんですよ。それでも、美しいものが好きだし、温かいものがうれしいし、ついつい、そういうものに手を出してしまう。考えてみたら、前以上に物に囲まれていて、おかしなことになっていますけど」

 行きついたのは、人間には欲が必要だ、「なくす」のではなく「コントロールして」というアドバイス。寂聴さんの言葉は、物に向き合う私たちの姿勢にも及んだ。

「人間は欲がなければ生きていることができないと思いますよ。お坊さんっていうのは欲がないのが本当だけれども、欲のないお坊さんなんて見たことないでしょうね、周りに。だから、やっぱり生きている限り、人間である限りは、欲があって、食欲があって、食べるから生きていられるんでしょう。暖かくいたい、肉体的な楽をしたいというものがあるから、健康も保てられるんでしょう。普通の人だったら、性欲があるから子孫が得られるわけでしょう。欲望は、仏教ではすべてよくないということになっていて、否定されますが、いわゆる煩悩をすっかりなくしたら、それはもう仏の境地ですから、それは仏さまになるかもしれないけど、人間としては役に立たないのじゃないですかね」

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物の命はとことん使わなきゃ