■「野球というものは」

 肝心の正捕手は、昨年最もマスクをかぶった藤井かと思いきや、

「新人の河田(三菱重工長崎)も肩がいいという。僕は監督である以上に、捕手の専門家やからね。一から探します。ほかの野手に関しても全部白紙」

 投手陣についても、このままではやはり岩隈頼み。ただ去年は9勝15敗、防御率も最下位と低迷した。

「岩隈がエースとなるならば、最低限勝ちと負けの数をひっくり返してもらわないとな」

 ようは、正捕手は新人頼み、あとはもう何とも、ということで、いくら野村監督と言えども大丈夫だろうか、と心配になる。

「面白いチームですよ。外国人選びに関しても、(フロントから)監督の僕にはぜんぜん打診がない」

 だが実のところ、やる気満々なのは間違いない。チーム再建に関して、

「三木谷オーナーだって、俺が教育するよ。息子くらいの年なんだから。オーナーなんだから大いに口を出していいが、間違ったことを言ってくれば、野球というものはこういうものですよと教育しますよ。それでダメだったら、(監督を)辞めたらいい。僕は70歳ですから、もし失敗したとしても、失うものは何もない」
 
■忘れられる存在だから

 日本のプロ野球の監督としてはもちろん最高齢となる。アマ球界を見回しても70代の指導者といえば、故・島岡吉郎明治大学野球部総監督とか、常総学院の木内幸男さんぐらいだろうか。

「人間の名誉というのは、すぐ忘れられるもんです。僕は現役を引退して評論家をやってたんだが、5年もすると、街を歩いていても僕が野村だとわかってくれないんだ。だから、つねに現場にいなければいけない」

 そう、これこそが、実績でひけをとらないのに、「王・長嶋」の陰に甘んじてきた「月見草」ならではの、現場への執念であり、原動力なのだ。

 もちろん、意気込みだけでは、昨年から20勝以上の上積みは無理だろうが、唯一いい点は、とにかく勝たなければいけないという状況のチームだということだという。そこに、監督の教えを素直に受け入れる余地も生まれる。阪神の監督時代は、苦い思いをした。

「あそこは環境が悪すぎた。ベテラン選手にタニマチがつき、さらにマスコミ、球団が選手を甘やかす。僕はどこのチームでも監督をやるときは自分のカラーに染めるんだけど、阪神で初めてそれができないということがわかってね」

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ボビーマジックに対抗して…