さて、現在わたしが暮らすアメリカでは、ちょっと事情が違います。もちろん、社会的・経済的な不安はあります。古いジェンダー観も、特に地方部には根強くあります。アメリカは男女平等のように見えて実は根強いミソジニーがある国なのです。全米の50州すべてで男女による賃金格差があり、女性の平均給与は男性の81.9%です。育休・産休制度も整っていないし、政治や経済の要職にも圧倒的に男性が多い。ヒラリー・クリントンが2016年の大統領選で敗退したときも、「ヒラリーが男だったら勝っていたのでは」という声が上がりました。
ただ、アメリカが日本と違うのは、そうした人々の本音をメディアが代弁していないことです。本音では「息子には成功して億万長者になってほしい」「女の子は幸せな結婚をするのがいちばん」と思う人がいても、メディアはあくまで「男女平等」という建前を貫きます。
育児書を見てみましょう。たとえば2014年に同時刊行されたファミリー・セラピストのスティーブ・ビダルフ(Steve Biddulph)による育児書は、それぞれ次のようなタイトルになっています。
『女の子を育てる:娘の幸せ、健康、強さをはぐくむには』
『男の子を育てる:男の子の謎と、幸せでバランスのいい人間に育てる方法』(※注)
女の子の本にも男の子のほうにも、特に色付けはされていません。そしてどちらにも「幸せ(happy)」というキーワードが使われています。
さらにほかの育児書を眺めてみると、女の子の本に使われているキーワードは「勇気ある(brave)」「賢い(smart)」「成功(success)」など、男の子の本には「優しい(kind)」「思いやりある(considerate)」「善い(good)」などが目立ち、むしろ昔ながらの価値観から決別しようという意志が見えてきます。
その建前はあまりにも画一的で、もう少し多様になってもいいんじゃないかと(「幸せな女の子」という本もあったほうが選択肢が増えるんじゃないかと)思うくらいなのですが、世の中を前向きに変えていくのは、本音よりも建前のほうでしょう。
読者の不安をあおるよりも、目指すべき指標になる。それが本のあるべき姿じゃないかと思います。『AERA with Baby』が提唱する新たな子育て観は、すでに多くの親たちが獲得しているんじゃないか、とママ仲間たちと話していると感じます。育児書の世界もどんどん変わっていったらいいな、と元編集者としては大いに反省しながら祈りを込める次第です。
【※注】
原題はそれぞれ『Raising Girls: How to Help Your Daughter Grow Up Happy, Healthy, and Strong』『Raising Boys, Third Edition: Why Boys Are Different--and How to Help Them Become Happy and Well-Balanced Men』
※AERAオンライン限定記事
◯大井美紗子
おおい・みさこ/アメリカ在住ライター。1986年長野県生まれ。海外書き人クラブ会員。大阪大学文学部卒業後、出版社で育児書の編集者を務める。渡米を機に独立し、日経DUALやサライ.jp、ジュニアエラなどでアメリカの生活文化に関する記事を執筆している。2016年に第1子を日本で、19年に第2子をアメリカで出産。ツイッター:@misakohi