


AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。
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ある日突然、妻が出て行った。理由はわからない。残されたのは、二人の子どもたち。「パパは奮闘中!」でロマン・デュリス(44)演じるオリヴィエは、オンライン販売の倉庫でチームリーダーとして働き、妻の不在という現実と何とか折り合いをつけながら毎日を送る。
不安が募り子どもに対してつい口調が強くなる。おだてようとしても空回り。そのやり取りが自然で、とても演技をしているようには見えない。
「僕自身、これまで体験したことのないやり方だった」とデュリスが言う通り、これらのシーンは監督であるギヨーム・セネズ(40)の独特の演出から生まれた。
台詞は渡されず、シチュエーションだけを細かく教えられ、その場で感じたことをそのまま言葉にしていく。
「役を引き受けたいと思ったのは、まさにこの演出方法に惹かれたから。どうなるかは、撮影を始めるまで誰にもわからなかったけれどね。頭で考えすぎてはいけないと思った。続けていくと、どんどん自由になっていく気がしたよ」
子役はとくに、台詞があると「間違えたらどうしよう」と構えてしまう。けれど、この演出方法のもとではのびのびと現場で過ごすことができていた、とデュリスは言う。
オリヴィエの職場は、薄暗い倉庫だ。機械的に動く人々を束ね、ときに彼らの不平不満を全身で受け止める。
「実際に一日、同じような倉庫で過ごし、どんな会話が交わされるのか観察したんだ。オリヴィエと同じ仕事をしている人にも話を聞き、アマゾンに関する本も読んだ。俳優の生活とは、まったく異なる世界があるということを思い知らされたよ」
妻に出て行かれ、険しい顔をしていたオリヴィエの表情を再び穏やかなものにしたのは、周囲の女性たちだ。実の母、妹、同僚の女性──。妻の胸の内にはまったく気づくことができなかったオリヴィエだが、見返りを求めず集まってきた彼女たちの存在により少しずつ立ち直っていく。
「女性たちはみな、自分たちのやり方でオリヴィエに寄り添おうとする。とても美しい行為だ、と僕は思う」