「母乳で育てないと子どもに悪影響がある」という“母乳神話”が母親たちを苦しめてきた。そんな母乳への過剰な期待を見直すために国の指針が改定される。いきすぎた神話のブレーキとなるか。
* * *
「飲ませないでーー」
現在8歳の長女を出産した直後のこと。体重が減る一方の長女に、母乳不足を補うための糖水を与えようとした看護師に対し、都内に住む女性(46)は思わずそう泣き叫んだ。
「母乳が出ないなんて母親失格だと思った」
母乳育児が主流の日本において、母乳が出ない母親は半人前だと言われた気分になる。「母乳で育った子のほうが丈夫」「母乳のほうが肥満にならない」「母乳で育てると子どもの心が安定する」など、母乳についてはさまざまな“神話”が広まってきた。
もちろん母乳育児には一定の効果はあるが、医学的根拠のない過剰な“母乳神話”が広がることで、体質的に母乳が出ない母親、さまざまな事情で粉ミルクで育てようとする母親などを苦しめてきた。
このような状況を踏まえて、厚生労働省の「授乳・離乳の支援ガイド」改定に関する研究会は、指針の見直しを進めている。3月8日の研究会では改定案が大筋で了承された。ポイントは主に二つ。乳幼児期のアレルギー疾患について、母乳に「予防効果はない」と明記されること。母乳と粉ミルクを併用しても「肥満リスクは上がらない」とすることだ。
ニュースを見た神奈川県に住む1歳の子を持つ母親(30)はホッとする。
「これでこの先、子どもがアレルギーになっても、粉ミルクにしちゃったからだと自分を責めなくてよくなりそう」
それほどまでに、過剰な母乳神話が、出産直後の不安な母親たちにのしかかってきた。
千葉県在住の上田優さん(42)は、過酷だった授乳期を振り返ると涙があふれ出すという。3回の流産、不妊外来通院の末にやっとできた子どもだった。
里帰り出産した病院で「完全母乳(完母)で育てるのが最高。努力して」と言われ続け、心も体も疲弊した。子どもはうまく乳首をくわえられずに苦戦。同じ時期に出産した母親たちが授乳室で母乳を出そうと必死になる姿を見て、自分もやらなければ、飲ませてやれなければ「自分の努力不足」だと思い始めた。