寂聴:私、そんなこと言った? ははは。いや、つまんなくなかったわよ。少なくとも小説を書く上では先生の一人だった。
荒野:『比叡』など父とのことをお書きになった作品でも設定は変えていらっしゃいますね。父の死後はお書きにならなかったですが。
寂聴:もうお母さんと仲良くなっていたからね。井上さんは「俺とあんたがこういう関係じゃなければ、うちの嫁さんと一番いい親友になれたのになあ」と何度も言っていた。実際にお会いしたら、確かに井上さんよりずっと良かった。わかり合える人だったし。
荒野:最終的には仲良くしていただきましたよね。いちばんびっくりしたのは死ぬ前に母がハガキを寂聴さんに書いたということ。私にも黙っていたから。
寂聴:ハガキは時々いただきましたよ。私が書いた小説を読んでくれて、「今度のあの小説はとても良かった」って。自分ではよく書けたと思っていたのに誰も褒めてくれなかったから、すごく嬉しかった。本質的に文学的な才能があったんですよ。だから井上さんの書いたものも全面的に信用してなかったと思う。
荒野:小説についてはフェアな人でした。私の小説もおもしろいときはほめてくれるけど、ダメだと「さらっと読んじゃったわ」ってむかつくことをいう。父は絶対けなさなかったのに。
寂聴:井上さんはあなたが小さい頃から作家になると決めていたの。そうじゃなかったら「荒野」なんて名前を誰がつける?
荒野:ある種の妄信ですよね。
寂聴:今回の作品もよく書いたと思いますよ。売れるといいね。テレビから話が来たら面倒でも出なさいよ。テレビに出たら売れる。新聞や雑誌なんかに出たって誰も読まないからね。
荒野:はい(笑)。
(構成/ライター・千葉望)
※AERA 2019年2月18日号より抜粋