ケアによって、認知症当事者の状態はもちろん、介護現場も大きく変わる。「よいケア」とは何か。AIを使ってケア内容を分析する試みが始まっている。
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受け入れるか、拒否するか、笑顔になるか、無反応か。受け手の反応を見れば、ケアの質に差があるとわかる。質のよいケアを、AIを活用して計測できないか。そうすれば、よいケアを誰もが実践しやすくなる。そんな試みが始まっている。
昼下がり、福岡市・原土井病院に入院中の女性(91)を、介護福祉士の吉海真里枝さん(19)が口腔ケアを施すために訪れた。
吉海さんはカメラ付きのメガネを装着している。吉海さんの視点のケア映像を記録し、専門家が分析するためだ。部屋に入り、どんな動線で近づいたか、目を合わせた角度などが、AIによって算出される。吉海さんは部屋をノックして女性と目を合わせ、近づいていく。仮にこの女性を川野さんとする。
「こんにちは、川野さん。今日は川野さんとお話ししようと思って来ました。いいお天気ですね」
すると、女性の目に光が宿り、ほんのり頬に笑みが浮かんだ。
「少しベッドを起こしますね。大丈夫ですか? 川野さん、お口、開けられますか?」
吉海さんが実践した認知症ケアは「ユマニチュード」という。「人間らしさ」を意味する仏語の造語で、体育学者のイヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏が1979年に考案したコミュニケーションの技法だ。介護現場で「作業」になりがちなケアの始まりと終わりを「人の出会いと別れ」と捉え、アイコンタクトや話しかけ、触れ方などに独自のメソッドを持つ。現在欧州7カ国の600もの医療・介護施設で導入され、日本では、東京医療センターの本田美和子医師らがいちはやく注目し、啓発に力を注いできた。
ケアを終えた吉海さんが言う。
「ありがとうございました。お口のまわりをふきますね。お口の中、きれいにしました。川野さん、ありがとうございました。また、来ますね」