テーブルで相席になったのは、地元御殿場の60代の元気なお母さんグループ3組。
「変わったイベントをやると地元の新聞で見て、誘い合わせて来たんですけどね……あら、もしかしてあの方、○○さんの家のおばあちゃん?」
席に着くなり衝撃の展開が待っていた。この日、ウェートレスやウェーターを務めたのは、御殿場のグループホームのみなさんだが、そのなかに、たまたま知り合いのおばあちゃんを見つけたらしい。
「○丁目の○○です。わかります? 席から応援していますね」
お母さんの1人が駆け寄って声をかけたが、ウェートレスさんはニコニコしているだけ。
「やっぱり思い出せないかしらね。でもやだ、ああしてがんばってる姿を見たら、感動して涙が出てきそう」
そう目頭を押さえつつ、
「それにしてもやっぱり、ここのお茶はおいしいわ~」
もし自分の親が、ここでウェートレスをしていたら……と想像して、複雑な気持ちになったが、実際の肉親の心境はいたってシンプルだった。
「ひたすらうれしいですよ。母のこんな笑顔を見るのは久しぶりです」
認知症の母親の働きぶりが心配で、見に来たという息子さんは、そう言って目を細めた。そんなおしゃべりをするうち、いよいよひとりのウェートレスさんが、「いらっしゃいませ」と、オーダーを取りに来た。
みんなで固唾をのんで、お菓子の到着を待っていると、配膳されたメニューは、なんとすべて正解。えーー。その後、「お茶のおかわりを持ってきます」とお茶碗を持っていったきり、忘れてしまったウェートレスさんがいたので、違う意味だけど「ま、いっか」。
お客さんも、ウェートレス、ウェーターとのコミュニケーションを楽しんでいる。
「素敵なネックレス! あら、すごい、手作りなのね」
「大丈夫? 疲れない?」
客の誰もが声をかけ、店のあちこちで笑い声が響いていた。
「みんなチャーミングで、これなら注文をまちがえても、怒る人はいない。客も、大らかでやさしい気持ちになれたわね」
お母さんグループのひとりはそう言い残し、帰っていった。帰りがけ、「今日は遊びに来ました」という、発起人の小国さんに話を聞いた。
「この料理店は、訪れる人によって、くるくると意味が変わります。『寛容さの象徴として共感しました』とメールをもらったり、介護をしている方からは『かすかだけど希望の光を見た』と言われたこともあります」
ボランティアで運営していた実行委員会を4月から法人化し、「うちの街でもやってみたい」の声に応える体制も整え始めた。
自分がふと思い出したのは、居酒屋でのこんなできごとだ。注文をまちがえたバイトの女の子を連れの友人が叱りつけ、店長まで呼び出される騒ぎに。
「店長、この人が絶対マグロって言ったんです、えーん」
「私は絶対カツオと言いました。店長なのに、若い子の言うほうを信じるの? えーん」
くだらなすぎる。みんな「注文をまちがえる料理店」にGO!(ライター・福光恵)
※AERA 7月9日号