肉ブームに沸く昨今。希少性の高い牛肉などが注目されがちだが、実は豚肉にもかなりレアなものが存在する。
現在、地鶏同様、豚でも環境重視の飼育法が選ばれだしているのだ。
これも放牧豚といい、狭い豚舎から外に出して運動をさせ、合成飼料は与えず、極力無投薬を貫いて飼育する。しかし、NPO法人日本放牧養豚研究会理事長の山下哲生さんによれば、「日本でも1980年代から多くの養豚家が乗り出したが、イギリスで50年代に開発された、繁殖の全期間を野外で飼養する方法に則っているのは、今では山梨県韮崎市のぶぅふぅうぅ農園くらい」という。
同農園には常時雄2頭、雌20頭がおり、10頭を1群とし、3千平方メートルの土地を2分して1年ごとに交互に使う2圃式を採用。病気や寄生虫が発生しないよう配慮し、飼料も食品残渣を原料として作られたエコフィードを主に与えている。
中嶋千里代表に尋ねると、「アニマルウェルフェア(動物福祉)の観点からも、もっと広まっていい飼育法。味も脂に甘みがあり臭みがない」そうだ。ネットショップを通じての販売が主で、飲食店には県内でも滅多に出回らないが、東京で唯一、この貴重な豚が食べられるのが代々木八幡の「季織亭」。
店主の川名秀則さんはかつて生保会社に勤務していたが、30歳手前で脱サラし、神戸や滋賀でステーキハウス、経堂で自然食にこだわった仕出し弁当店を経営していた。その店は二毛作で、夜に出すラーメンが評判に。しかし、施設の老朽化によって閉店を余儀なくされ、3年のブランクを経て、クラウドファンディングで支援者を募り、自宅キッチンを改装。昨年3月19日に再オープンを果たしたのだ。麺も無農薬栽培の秋田県産白神小麦「春息吹」を使用した手打ち。ラーメンではなく「小麦そば」を標榜している。
「ぶぅふぅうぅ農園からはスープ用の豚骨と焼き豚用の肉を仕入れています。スープを煮る匂いがご近所に迷惑になるかと心配したけど、この放牧豚は全く匂いが出ないんです」
そこに雉のガラを合わせたスープはもはや“神品”。分厚い焼き豚の弾力と旨みも筆舌に尽くしがたい。「理想の豚と出合えた」とご満悦の川名さん。農園を訪ねた際の動画をiPhoneで見せてくれた。
「中嶋さんがおーいと呼ぶと、豚たちが一斉にダッシュしてくるんです。可愛いでしょう。食べるのが可哀想? でも、命をいただくという気持ちになれる」
(ジャーナリスト・鈴木隆祐)
※AERA 2018年4月16日号より抜粋