地図を手にしても道に迷う筆者には血管の走行を覚えるなど魔法のようだが、
「電子カルテの画像を上から下、下から上と何回も流して見れば10分程度で頭に入る」
と渡辺医師は言う。
手術は肉眼と胸腔鏡モニターの併用で行う。開胸するのは、わずか6、7センチほどだ。
「2本の指で挟んだとき、腫瘍(しゅよう)のある場所だけちょっと硬いんですよ。早期の腺(せん)がんなどは、それをしないと肺の中のどこにあるかわからない。6センチが2本の指で触れるぎりぎりの大きさです」
しかしこれだけ小さい開胸では光が届かず、手元が見えない。そこで胸腔鏡で中を照らし、モニターに映しつつ手術するスタイルを採用している。開胸せず、胸腔鏡だけで手術をする病院もあるが、渡辺医師は最初から開くほうが確実だし、結果的に早いと考える。
「一番大事なのは傷が小さいことではなく、がんを取りつつ、残せるなら肺をなるべく残すこと。多少傷が大きくても術後の生活にはほとんど影響しないし、患者さんもそう気にしません」
早期がんの患者にQOL(生活の質)を保てる手術を提供することも大事だが、一方で進行がんの人をいかに助けるかも重要な課題だ。現在肺がんの手術をできるのは1.2期までだが、局所進行の3A期の患者も助けたい。そこで手術、放射線、抗がん剤を組み合わせた“集学的治療”の試みも行っている。
「院内で試験的にやってきたところ、かなりいい結果が出ています。合併症などリスクも伴いますが、各分野で高い技術をもつ専門医がたくさんそろっている当院だからこそ、やるべき使命なのかなと。それで一人でも多くの患者さんが助かればと思います」
肺がんで亡くなる人は年間約7万4千人。1%でも生存率が上がれば740人が助かることになる。救える立場にある者として、渡辺医師は力を尽くさずにはいられない。(ライター・大塚玲子)
※AERA 2018年2月12日号より抜粋