「イタリアでは1998年に精神科病院を全廃した。以降、政府も暗に『心の病は宗教に任せておこう』と考えているようです」

 かつて「悪魔憑き」と言われた疾患の存在も知られ始めた。「抗NMDA受容体脳炎」。09年にこの病気を発症したニューヨーク・ポスト紙の記者スザンナ・キャハランの著書『脳に棲む魔物』(澁谷正子訳、KADOKAWA)によると、体内で生じた抗体が脳を攻撃し、脳が炎症を起こす病気で、病名が確定したのは07年。患者は攻撃的な言動をしたり、強いけいれんなどの不随意運動を起こしたりする。映画「エクソシスト」のモデルとなった少年はこの病気を患っていたとされている。

 06年に同病を発症した日本人女性による著書『8年越しの花嫁 キミの目が覚めたなら』(中原尚志・麻衣著、主婦の友社)には、病名も治療法もわからずに悩む家族が“修験者”を名乗る女性に大金を払ったことが書かれている。それぞれが映画化され、12月に公開される。

●悪魔祓いは現代の縮図

 イタリアで医療とエクソシズムは協力体制にあるのだろうか。

「システムとしての体制はありません。ただエクソシストのなかには、協力してもらえる医師を探そうと個人レベルで動いている人もいます」(島村さん)

 20年前に島村さんが取材で出会ったエクソシズムを受けている女性は、医療ミスで手術を4度も繰り返し、胃の5分の4を切り取られていた。先のNHKの取材で会った女性も必要のない手術を受け、子どもを産めない体になってしまったという。

「ベルトコンベヤー的な医療の犠牲者や、色々な理由で社会から取り残された人々の不満や怒りが蓄積している。悪魔祓いはそうした人たちが集まる、現代の縮図という気がします」(同)

●不安に巣くう“悪魔”

 今年、バチカンは公式エクソシスト以外でもエクソシズムを行うことができる「解放の祈り」講座を新たに設けた。が、そこには落とし穴もあると島村さんは警鐘を鳴らす。

「ノウハウだけをつまんで学んだ、いわゆる“職業霊媒”が増えるリスクもあります。さらに集団での祈りにはカルトにつながる危険性もある。取材で在野の信者による『解放の祈り』を見学した際に『近づいてはいけない危険な記号』を示されましたが、そこには陰と陽を表現した東洋のタオマークや、LGBTのシンボルであるレインボーマークも入っていた。根底にキリスト教原理主義の思想を感じてゾッとしました」

 不安な時代、“悪魔”はあらゆる形で、人の心に入り込む隙を狙っているのかもしれない。(ライター・中村千晶)

AERA 2017年11月27日号