被爆者が待ち望んだ核兵器禁止条約の発効手続きが国連で始まった。被爆者にとっては、核廃絶への確かな一歩。だが、そこに日本政府の姿はなかった。
その言葉の激しさに、誰もが驚いた。
「あなたは、どこの国の総理ですか」
終戦から72年の8月9日。長崎原爆の日に定例となっている長崎被爆者5団体と政府との面会で、要望書を手渡した長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会議長の川野浩一さん(77)が直接、安倍晋三首相に発した一言だ。
川野さんの言葉は、それだけで終わらなかった。
「被爆者の願いがようやく実り、核兵器禁止条約ができたことを心から喜んでいる。私たちをあなたは見捨てるのですか」
●よくぞ言ってくれた
7月7日に米ニューヨークの国連本部で、122カ国が賛成して採択された核兵器禁止条約は、核兵器の開発、実験、製造、保有、使用、貯蔵、移転など、あらゆることを法的に禁じる初の国際条約だ。川野さんの発言は、唯一の被爆国である日本が、米ロなどの核保有国と同様に、議論にすら参加しなかったことへの怒りの表明だった。
その言葉の激しさに最も驚いたのは、当の安倍首相だったかもしれない。川野さんのこの言葉に一言も返すことなく、約25分間の面会は終わった。あえて触れないことが、核ミサイル開発に突き進む北朝鮮問題を抱える中、唯一の被爆国でありながら米国の「核の傘」に守られているという日本政府の難しい立場を象徴しているようだった。
川野さんの発言は大きく報道され、世の中の関心を集めた。賛同する声が多く届いたが、川野さんの被爆者団体の事務所には抗議の電話も数件あったという。ネット上には、「首相に失礼だ」などの投稿も見られた。 川野さんは筆者の取材に、そうした批判を覚悟のうえで、面会までの数日間、考え抜いた末の発言だったと説明した。それくらいの激しさが言葉にないと、被爆者の気持ちは安倍首相に伝わらないと考えたという。