こうした動きは、広島、長崎両市や被爆者たちが求める核廃絶の訴えとは根本的に異なる。だからこそ、核兵器禁止条約は、原爆被害から72年という長い年月をかけて、ようやくたどり着いた「理想」の条約だった。
●政府と被爆者が別々に
逆に核抑止論を重視しながら核軍縮や不拡散を進めようとする国々は、一斉に反対を表明した。そこに日本が含まれていることへの、被爆者たちの失望は大きい。同じ「核廃絶」を唱えながら、その手段をめぐって政府と被爆者が別々の道を歩き出した決定的瞬間でもあった。
核兵器禁止条約について、交渉に参加しなかった米国のヘイリー国連大使は、
「北朝鮮が核兵器を廃棄すると信じる人はいるだろうか。現実的にならなければいけない」
と、深刻な国際問題となっている北朝鮮を引き合いに出して条約の実効性に疑問を呈した。
条約は最低でも50カ国が署名し、国内手続きを経て批准しないと、発効しない。その後も核ミサイル実験を繰り返す北朝鮮の問題が、条約発効手続きに悪影響を及ぼすのではないかと不安視する声も上がりだした。
前出の箕牧さんは、
「ようやく、たどり着いたと思ったのに、私たちの願いは、また空高く手の届かないところへ行ってしまうかのようだった」
と心配したが、条約を採択した国々の政府の意志は固かった。
●来年中に発効の可能性
9月20日、条約の署名式が国連で開かれた。この日、署名したのは50カ国。数カ国は、すでに批准まで終えていた。署名と批准が50カ国となった時点から90日後に条約は発効する。次の焦点は、署名各国がどれだけ早く批准の国内手続きをできるかだが、来年中に発効する可能性もでてきた。
もちろん、核保有国や核の傘下にある国々が条約に参加しなければ、ヘイリー大使が言うように実効性は担保されない。唯一の被爆国である日本政府も署名しない方針を変えていない。
全国に支部を持つ日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)は、核廃絶を求める国際署名を集めるための連絡会議を発足させた。署名は今月末にとりまとめ、10月には国連に提出予定だ。日本政府への働きかけも続ける。そもそも核兵器禁止条約自体を知らない人も多いとして、国民の理解を深めるための運動も展開していく。