「東芝の本社を、ノモンハン事件当時の参謀本部だとすれば、WHは関東軍です。大事な情報を本部に上げずに現地で独走した点、極めて甘い戦況判断のもとで戦線を拡大した点、結果的にそれが組織全体の道を誤らせた点も全く同じです」
さらに、失敗の責任者が追及されるどころか昇格した構図が「あまりにも似ていて驚いた」という。ノモンハン事件で無謀な作戦を仕切ったのは、関東軍の服部卓四郎中佐と辻政信少佐。この二人は事件のあと、東京の参謀本部の作戦課長及び班長に昇進し、ガダルカナルをはじめとする負け戦でも主導的立場にあった。一方東芝では、WHの買収を推し進めた志賀重範氏と、志賀氏が招聘したダニー・ロデリックWH元社長が、16年3月期に大幅な損失を出したにもかかわらず、志賀氏は東芝本社の会長に、ロデリック氏は東芝エネルギーシステムソリューションの社長に昇格していた。
「このコンビのもとでのWHの暴走が、東芝本体の危機につながったわけで、まさに第2のノモンハン事件と言っても過言ではない」(寺本教授)
●願望は戦略ではない
『失敗の本質』のノモンハン事件の総括を読むと、東芝の姿が二重写しに見えてくる。
「情報機関の欠陥と過度の精神主義により、敵を知らず、己を知らず、大敵を侮っていた。また統帥上も中央と現地の意思疎通が円滑を欠き、意見が対立すると、つねに積極策を主張する幕僚が向こう意気荒く慎重論を押し切り、上司もこれを許したことが失敗の原因であった」
寺本教授は、日本軍と東芝は組織としての三つの共通した欠陥を抱えていたと分析する。一つ目は「戦略のあいまいさ」だ。『失敗の本質』ではこんな指摘がある。
「本来、明確な統一的目的なくして作戦はないはずである。ところが日本軍ではこうしたありうべからざることがしばしば起こった」
東芝のような大組織にとって、事業の方向づけと資源の配分を決める「戦略」は何よりも重要だ。しかし、一般には2千億円程度とみなされていたWHを約6千億円もの高値で買収したのはなぜなのか。寺本教授はその戦略の意図があいまいだという。