糖尿病や高脂血症、うつ……。国内の医療用医薬品の市場規模は6.2兆円。病院で保険診療に用いられる薬は、約1万5千品目にのぼる(撮影/写真部・堀内慶太郎)
糖尿病や高脂血症、うつ……。国内の医療用医薬品の市場規模は6.2兆円。病院で保険診療に用いられる薬は、約1万5千品目にのぼる(撮影/写真部・堀内慶太郎)
院外処方が進み、病院が薬価差益で稼ぐ時代は過去のものになった。稼ぐには、「初診や再診の数をこなして診療報酬を増やすしかない」(開業医)(撮影/編集部・鳴澤大)
院外処方が進み、病院が薬価差益で稼ぐ時代は過去のものになった。稼ぐには、「初診や再診の数をこなして診療報酬を増やすしかない」(開業医)(撮影/編集部・鳴澤大)

あなたは薬を処方されて安心するタイプですか? それとも薬を敬遠するタイプ? もし安心するタイプならば気をつけて。多剤・大量処方は体をむしばみます。(編集部・鳴澤大)

「おばあちゃんの原宿」こと、東京都豊島区の巣鴨地蔵通り商店街には、流行のパンツ「赤パン」が店頭に並び、今日も元気なお年寄りが闊歩(かっぽ)していた。病気とは無縁なのだろうか?

「薬の世話にはならないよ。悪くなればお迎えが来た証拠。潔くなきゃね」

 そう言って、70歳のおじいちゃんは元気に笑う。ただ、そんな猛者は少数派か。豊島区に住む75歳のおばあちゃんは、

「私は腰の痛み止めだけ。母が健在なんですけど、5~6種類の薬を飲んでますよ。知り合いが通う病院は『薬がまだ家にある』と説明しても、どんどん出すそうです」

 多くのお年寄りが薬の世話になっているようだが、なぜ医師は飲みきれないほどの処方をするのか。製薬業界関係者は言う。

「薬を出さない医師に対しては、患者の風当たりが強いんです。とくに高齢者。『患者受け』狙いの処方です」

 背景の一つには、お年寄りたちの「口コミ圧力」があるようだ。悪い噂が広がると、病院も困るのだろう。

 一方、同じような風邪や胃腸炎でも、病院によって処方の量や種類が違うという経験もあるだろう。総合病院に勤務経験のある開業医は打ち明ける。

「患者が大病院に殺到しすぎるんです。早く納得して帰ってもらうため、仕方なく患者に薬を出しているような状況です」

 患者が薬を求めている光景が浮かぶ。

●薄くなる薬価差益

 医師には薬を処方するメリットがあるのだろうか。20年ほど前までは、確かにメリットがあったようだ。

 ある開業医は言う。

「昔は薬を出すほど儲かりました。父も医者ですが、当時は薬を5箱買うと、もう1箱がおまけで付いてきた。製薬会社からの接待といえば、飲み食い、ゴルフ、キャバクラですね」

 製薬会社の社員も、医師への接待営業を懐かしむ。

「他社の営業ですが、昔は大学病院の勤務医が開業すると、薬を採用してもらいたくて、中に薬を満載した車をプレゼントした、なんて話も聞きました」

 医師は薬を出すと、国が定めた薬価をもとに薬代を計算し、医療保険に請求する。薬の仕入れ価格は薬価よりも安いので、儲けが生じる。いわゆる「薬価差益」で、かつては病院の大きな収入源になっていた。

 しかし、これが「薬漬け」につながるという指摘があり、不透明な薬価差益の実態に批判が集まった。それを背景に、1990年ごろから病院は診療、調剤は薬局という役割分担によって医療の質を向上させようと、国は「医薬分業」を推進。経営が別の薬局で調剤する「院外処方」が増え、今ではおよそ7割を「院外」が占めている。

 差益自体も薄くなっている。国は薬価基準を、おおむね2年に1度改定する。膨らむ医療費を抑制するため、マイナス改定がほとんど。薬を多く出せば儲かる構図は崩れ、金銭的なメリットから過剰な処方をするインセンティブは薄れている。

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