「出産したら会社を辞めなさい」
「泣く子には睡眠薬を飲ませろ」
子育て世代には時に、厳しい言葉も向けられる。
溝を埋めることはできるのか。(編集部・小林明子)
警備会社のステッカーが貼られた瀟洒な邸宅の壁面に、黄色の垂れ幕がかかっている。
<保育園建設 反対>
<税金のムダ遣い!!>
東京都品川区の池田山は、JR五反田駅から歩いて5分ほどの高台にある高級住宅街だ。皇后美智子さまの生家・正田邸跡地にほど近い一角に認可保育園の建設計画が持ち上がったのは昨年夏。約300坪の土地に3階建ての園舎を着工し、2015年度に定員90人の園が開設される予定だ。
計画しているのは、全国に約20の保育園を運営している兵庫県の社会福祉法人「夢工房」。数カ所の候補地の中から、区と協議して決めた。黒石誠理事長は、初めて経験する反対運動に困惑する。
「ビル内の園が増えている中、ここは園庭が確保できる理想的な土地で、地域に根ざした保育ができると考えたのですが」
住民の「夢工房池田山保育所に反対する会」は今年2月、約1700人分の署名と要望書を都と区に提出した。朝夕に送迎の自転車が行き交うと、ペットを散歩させる高齢者が危険にさらされる。夜遅くまで開園すれば照明や騒音で睡眠を妨げられる。そもそも池田山は高齢者が多いが乳幼児は少なく、保育園のニーズはない──。
「反対する会」の代表、デザイン会社社長の船曳鴻紅さん(66)はこう話す。
「住民エゴだという人もいるが、私たちはこの閑静な環境のために高額な固定資産税や相続税を納めている。反対者の3分の2は女性です。子育ての苦労を想像できるし応援したいからこそ、なぜここに保育園をつくるのか理解に苦しみます。もしも災害が起きたら高齢者の避難に手一杯で、子どもまで助けられない。無責任に受け入れることはできません」
品川区では14年度、認可保育園の1次選考に申し込んだ2532人のうち894人が選考に漏れ、集団異議申し立てもあった。20カ所以上の保育園を見学した会社員の女性(41)の長女(1)は認可に入れず認証保育所に決まったが、3歳になる前にまた預け先を探さなければならない。
「早く保育園を増やしてもらいたいのに、反対運動で水を差されるなんて」
長男(1)が認可に入れなかったフリーランスの女性(39)には不安もある。
「大規模な保育園ができてくれたらどんなにありがたいか。でも、この池田山の地域は、母親が家で子どもの面倒を見るべきだと考えている人たちばかりなのでしょうか」
杉並区では昨年2月、認可保育園に入れない窮状を訴えて抗議集会を開いた母親たちを非難する意見が、田中ゆうたろう区議のブログをきっかけに表面化した。
「『お願いです。私達の子育てをどうか手伝って下さい』、これが待機親に求められる人としてのマナー、エチケットというものではなかろうか」
田中区議は、子どもは基本的には親が家で育てるもので、最低限の経済力や人間力の準備、覚悟がなければ子どもを持つ資格はない、と主張。寒空の下での抗議行動は、赤ちゃんにとって残酷だ、とも述べた。