公共交通機関での赤ちゃんの泣き声をめぐる論争は何度も起きているが、周りに迷惑をかけるという点だけでなく、「親の都合で連れ回される子どもがかわいそうだ」という視点で論じられることがある。
漫画家のさかもと未明さんは12年、飛行機内で赤ちゃんの泣き声に耐えられずに抗議した経験を書いた記事で、こうも述べた。
「乳飲み子を飛行機に乗せるのってどうかと思うわけよ。(中略)気圧の変化とか、大人でもつらいのに大丈夫なの? あの泣き叫んでいた赤ちゃんは、つらくて怖かったんだと思う」
今年1月、新幹線で泣く赤ちゃんに「舌打ちするくらいはいい」とツイートした元ライブドアの堀江貴文さんも、こう続けている。
「なく子にイラつくんじゃなくて親の対応にイラつくんだよね」
3月、ネット上のマッチングサイトに登録していたベビーシッターに預けられた2歳の男の子が亡くなった事件では、元衆院議員の鈴木宗男・新党大地代表が自身のブログで、
「子どもを簡単に知らない人に預けるのはあまりにも安易なやり方で無神経」
「子どもを預けて3日間、何をしていたのか」
と母親を批判した。
あなたは親なのに、子どものためを思っていない。子どもを優先できない事情などあるはずがない。そう断罪されることが何よりも、子育てをしている親の心を打ちのめすのではないだろうか。
●何が子どものためなのか、決めるのは誰ですか?
金融機関で働く女性(39)は、夫が海外に単身赴任となってもう4年になる。長女が5歳の時、インフルエンザにかかった。仕事の納期日のため午後は出社しなければならず、名古屋から親戚が到着するまでの数時間、一人で留守番させた。心細くなった長女が何度も鳴らす携帯電話に出る暇もなく、トイレに駆け込んでかけ直した。
「ごめんね、ごめんね」
この4月に長女が小学校に入学すると、さらに預け先に困ることになった。
学童保育は午後6時半までで、保育園の延長保育よりも1時間短い。30分でも延長してもらえないかと区に申し入れたが、
「子どもの生活リズムを考えると、区が対応するのは難しい。塾に行かせたらどうでしょう」
との答えだった。
「子どもに対して誰よりも後ろめたく思っているのは母親です。それでも帰れないという現実があるから、より安全な預け先を確保したいのに、締め出された子どもに何かあったら非難されるのも母親。何が本当に子どものためになるのか。それを決めるのは誰なんでしょうか」
街はバリアフリー化が進み、子連れにやさしい店も増えた。ベビーカーは機能的になり、便利な育児用品が開発された。でも、それらを使って子育てを「ラク」にすることを許さない風潮は、まだ確実に残っている。子どものために母親は犠牲になるのが当たり前。親の都合を優先するのは子どもがかわいそう、という考え方だ。
日本小児科医会は、子育てでスマホを利用することを控えるよう呼びかけている。昨年12月から小児科の待合室などにこんなポスターを掲示している。
「ムズがる赤ちゃんに、子育てアプリの画面で応えることは、赤ちゃんの育ちをゆがめる可能性があります」
具体的にどのように発育に影響があるのかの情報はなく、親たちの混乱を招いている。
昨年7月に長男を出産した会社員女性(34)には、ITが欠かせない。難産の後に意識がはっきりすると、たちまち不安になり、スマホに手を伸ばした。
「おっぱいって産後何日目から出るんだろう?」
病室のベッドの上で検索。初めての育児は、スマホの先に広がる情報に頼ることから始まった。
生後2カ月になると、夜も全然寝ようとしない長男の世話で体力的にも精神的にも限界に達した。IT企業に勤める夫(34)が、泣き声を感知したら携帯にメールが着信するアプリを開発。1階の寝室で長男を寝かせて2階のリビングで一息つけるようになった。メールは夫の携帯にも同時に届き、「今日はあまり寝なかったね」などと気遣ってくれるようにもなった。