標高2600メートルの山小屋でひと夏を働いて過ごす若い女性たちがいる。携帯電話が使えないなど不便なことは多いようだが、一方で山ならではの幸せもあるようだ。
北アルプスの三俣蓮華岳(みつまたれんげだけ)と鷲羽岳(わしばだけ)の鞍部にある三俣山荘で働く杉坂瞳さん(33)。三重県の出身で、これまで自然食の店や無農薬の農家・果樹園で働いてきた。今年7月にこの小屋へやってきた。
「仕事は仕事できちんとあるんですが、休憩時間に散歩しながら高山植物の名前を教えてもらったり、道の途中にぽっかりと開いている熊の歩き道を見つけたり。毎日が冒険みたいでワクワクします」
杉坂さんには、隣の「雲ノ平小屋」に勤めるパートナーがいる。農家で働いていた時に知り合い、一緒に山へ来た。現在、恋人との連絡手段は手紙だけだ。系列の他の山小屋へ荷物を担いで運ぶ「歩荷(ぼっか)」で小屋へ荷を運ぶスタッフや登山客に頼んで運んでもらう。不便なようだが、3~4日に一度はやりとりできる。
「別に特別なことが書いてあるわけじゃないんです。ノートの切れ端に元気?とか、そんなことが書いてあるだけ」
そうは言うものの、携帯メールを日に何往復する誰よりも、幸せそうに見えた。
妻の敦子さん(33)と共に山小屋を営む2代目の支配人・伊藤圭さん(36)は、山荘へ働きに来る女性たちに、ある変化を感じている。
「10年ぐらい前までは、出稼ぎみたいな人が多かった。でも、ここ3年くらいは仕事を辞めて、次の仕事に就くまでの間に来る人や、何かを学びたいと思って来る人が増えています」
※AERA 2013年9月30日号