一方、東京では発症者の半数の人に周辺症状が見られた。しかも2割の人に、夜に騒ぎ出すといった夜間せん妄が起きたんです。
帯津:周辺症状はなぜ起こるんでしょうか。
大井:それは不安のせいだと思います。認知能力が落ちていくときの中核にある感覚は不安なんですね。不安とは、次に何が起こるかわからないという不快な感覚です。その嫌な感覚が周辺症状に転化されるわけです。怒ったり騒いだりすれば、そのときは不安な感情が消えますから。
不安とはまた、世界とのつながりが切れたという感覚でもあります。例えば、言葉の通じない外国に行って迷子になったら不安ですよね。誰ともつながりを持てないから。そういう状態に認知症の方はなっているんです。
帯津:じゃあ、沖縄の認知症のお年寄りは不安が少ないんだ。
大井:そうなんです。まず沖縄は時間の感覚が非常にゆったりしている。多少、遅れても誰も文句を言わない。お年寄りが何かできないということについても、文句を言う人はいません。それと、敬語の文化がとても発達している。お年寄りに対する言葉は違っていて、敬意を持って話しかけられる。だから、年をとって認知能力が落ちてもプライドが保たれるんですね。
帯津:そうですか。私も時々講演などで沖縄に行きますが、本当にいいところですよね。
大井:つながりを持つことの大事さを一番最初に説いたのはお釈迦さまなんですね。マッジマ・ニカーヤという古いお経があるのですが、そのなかで人間が生きていくために必要なものとして、「食べること」「意識を持つこと」「意欲を持つこと」「接触すること」を挙げています。接触というのは直接ふれるというだけでなくて、心にさわる、目でさわる、声でさわるというものもありますね。そして、いずれも認知症の方と交流するときに大事なことなんです。相手に警戒心とか恐怖心を持たせないで、つながりを持っていくということです。
認知症の人の心をつかむケアの技法として、フランスで発祥した「ユマニチュード」というものがあって、日本の施設でも実践されています。ここでも、ゆっくりやさしくふれるということが重視されています。これはお釈迦さまが2500年前に言っていたことなんですね。