ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は気味わるいけど小説に必須な本について。
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今年もはや十二月、なぜかしらん、うちの電気製品には集中的に壊れる時期があるらしく、この夏からあと、ファクスコピー複合機、プリンター、テレビ、掃除機、仕事部屋のシーリングライトが次々にやられた。なかでもいちばんの大物は十数年前に洗面所に来た洗濯機で、「次は全自動やで」というよめはんに連れられて近くの量販店に行き、スタッフに性能を訊(き)くと、どれも似たようなものだったから、型落ちのいちばん安いのにした(それにしてもドラム式の洗濯機は、なぜあんなにもデザインが似ているのか。どれもプラスチックの黒く丸い蓋[ふた]を開閉する鳥の巣箱のようで、おもしろみがまったくない)。
洗濯機のついでにプリンターのインクを買い、売場を歩いていると、“鏡”が眼にとまった。スタンド式の凹面鏡で丸い縁にLEDライトがついている。顔を映してみたら、鼻毛が一本出ていた。眉毛も髭(ひげ)も大きく見える。「これ、欲しい」よめはんにいうと、「お誕生日プレゼントに買うたげる」ときた。
「ちょっと待ってぇな。それはないやろ」
鏡は四千円弱だ。「せめて、この十倍ぐらいのもんは買うてもらわんと元がとれん」
そう、よめはんへの誕生日プレゼントは毎年、エスカレートして、その平均額はわたしのひと月の年金額を優に超えている。それもわたしが選ぶのではなく、よめはんが「これ買いました。ありがとうね。××円です」と、コートやバッグを見せるから、わたしは文句のひとつもいえず、太っ腹をよそおって要求額をよめはんに渡す。
「これはおれのお小遣いで買いますから」──。
鏡はわたしがとっとと支払いをして家に持ち帰り、仕事部屋のデスクにセットした。しかるのち鋏(はさみ)で鼻毛を切り、先細の白髪抜きで、このところぽつぽつと出はじめた眉の白い毛を抜く。わたしはそもそも顔が平たくて大きく、高校教師のころは生徒に“タタミ”という徒名(あだな)で呼ばれていたくらいだから、ふつうの鏡でも毛は抜けるのだが、さすがライトつき凹面鏡は細かいところまでよく見える。