2年で辞めると決めて14年度に入ったが、「もう俺は退いていいな」と実感し、繰り上げて15年1月に退任した。会長職として残ることもしなかった。

「辞めるときには、その後のことは何も考えていませんでした。今はものすごい速さで時代が動いています。今の1年は、昔の20年、30年に匹敵するくらいではないでしょうか。そんな中で、たとえば3年先のことなんか考えてもわからない。まずは、今を一生懸命に生きることです」

 佐世保市内に社員数人の会社「A and Live」を立ち上げ、講演などで全国を飛び回ったことで地方創生への興味が強くなった。

「各地に足を運んだことで、地方の強さや弱さを知りました。もともと地方創生に興味がありましたが、さらに強くなりました」

 折も折。17年春、サッカーJリーグ2部(J2)のV・ファーレン長崎が累積赤字3億円余を出し、クラブ消滅の危機に陥った。ジャパネットホールディングスは09年から同クラブのスポンサーをしていたこともあり、

「これもご縁だと感じ、息子と話し合いました。長崎のためにもなんとか立て直さないといかん、と。そこで株式を100%買い取り完全子会社にして、僕が社長におさまりました」

 プレーに集中できる環境が整ったことで、選手らは発奮。そのシーズンはJ2で2位になり、チーム創設以来初のJ1昇格を果たした。残念ながら1年で降格したが、高田さんは鷹揚(おうよう)に受け止めた。

「ビジネスでもサッカーでも、連敗するときはあります。そこで諦めたら勝てないけど、練習に勤(いそ)しんでいたら、必ず連勝するときがきます。その気持ちを持って歩めるかどうかですよ。極端にいえば、人生に失敗というものはないんです。大切なのはプロセス。常に瞬間瞬間で頑張っているなら、結果が良くなくてもいいんですよ。いつかは結果につながりますから」

 ジャパネットは長崎市内に総工費500億円超で新スタジアムを建設する意向で、父子で地域に根差したクラブ経営を進めてきた。だが、高田さんは今月、来年1月1日付での退任を発表した。「自立できるところまで持ってこられた。次の世代に任せるべきだ」と。

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