ついでにいえば、十年ほど前、海底を歩く夢もよく見た。水中だから息をとめている。しばらく歩くと水上に出てプハッと空気を吸うのだが、あるとき気づいた。これは睡眠時無呼吸症候群にちがいない、と。わたしは糖質オフダイエットをはじめて八十六キロから七十六キロに減量し、海底散歩から逃れた。
もうひとついうと、四十代の数年は金縛りにもよくあった──。夏、二階の部屋でひとりで寝ていたとき、シュッシュッという音が近づいてきたから、よめはんが殺虫剤を噴きながら階段をあがってきたと思ったが、現れたのは等身大の真っ黒な塊で、そいつがいきなり、わたしの上に覆いかぶさってきた。げっ、なにするんや──。飛び起きて逃げようとしたが、身体がピクリとも動かない。恐怖で声も出ない。黒い塊は耳もとでなにやらいいながら、わたしを押さえつけている。
そうか、これが世にいう金縛りか──。妙に冷静になって抵抗をやめると、ふいに塊が消えて眼が覚めた。そう、金縛りは霊的現象でもなんでもなく、かなりリアルな悪夢だと初めての経験で気づいたのだった。
それからも疲れたときは黒い塊やぶよぶよのクラゲのようなやつがやってきたが、もっと薄気味わるいやつはおらんのかと期待しはじめたら、なにも来なくなってしまった。
あの金縛りがつづいていたら、ホラー小説のひとつぐらいは書けたかもしれないと、マキの頭をカキカキしながら思う。
※週刊朝日 2019年7月19日号