「もちろん安全性は確認してありますが、土台のコンクリが劣化すると危険なので、数年後には打ち直す必要があると思います」
それには、相当な費用がかかるという。
「命がけで暮らすのもなぁ」
「平らなところならねぇ」
飯島青年が、相槌を打つようにうなずいている。
三軒目は、外壁を薄いピンク色に塗ったいかにも若向きの物件だった。住宅街の角地にあり、急斜面に建っているわけでもないのに、妙に安い。家主が売り急いでいるからだという。
「ともかく、室内をご覧になってください」
内装も間取りも悪くない。唯一謎なのは、食器、洗剤、洗濯ばさみ、薬品など、室内の随所に生活の痕跡が残されていることだった。家主が夜逃げでもしたのかと思ったが、だったら家主は行方不明のはずである。
答えは、思いがけないところにあった。
二階に上がってクロゼットの扉を開くと、中に銀色の額縁が落ちていたのである。額縁の中でタキシード姿の男性とウエディングドレス姿の女性が寄り添って、微笑みを浮かべていた。
「どちらも、写真を引き取りたくなかったんですね」
飯島青年が、しんみりとした口調で言った。
結局我々は、この直後に見た物件に決めた。なぜならそれは“訳なし物件”だったからである。
法律的に処分できないから額縁が放置してあったのか、購入を決断させるために飯島青年がわざわざ放置しておいたのか、真相はわからない。
※週刊朝日 2019年4月5日号