「もちろん安全性は確認してありますが、土台のコンクリが劣化すると危険なので、数年後には打ち直す必要があると思います」

 それには、相当な費用がかかるという。

「命がけで暮らすのもなぁ」

「平らなところならねぇ」

 飯島青年が、相槌を打つようにうなずいている。

 三軒目は、外壁を薄いピンク色に塗ったいかにも若向きの物件だった。住宅街の角地にあり、急斜面に建っているわけでもないのに、妙に安い。家主が売り急いでいるからだという。

「ともかく、室内をご覧になってください」

 内装も間取りも悪くない。唯一謎なのは、食器、洗剤、洗濯ばさみ、薬品など、室内の随所に生活の痕跡が残されていることだった。家主が夜逃げでもしたのかと思ったが、だったら家主は行方不明のはずである。

 答えは、思いがけないところにあった。

 二階に上がってクロゼットの扉を開くと、中に銀色の額縁が落ちていたのである。額縁の中でタキシード姿の男性とウエディングドレス姿の女性が寄り添って、微笑みを浮かべていた。

「どちらも、写真を引き取りたくなかったんですね」

 飯島青年が、しんみりとした口調で言った。

 結局我々は、この直後に見た物件に決めた。なぜならそれは“訳なし物件”だったからである。

 法律的に処分できないから額縁が放置してあったのか、購入を決断させるために飯島青年がわざわざ放置しておいたのか、真相はわからない。

週刊朝日  2019年4月5日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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