遺産分割を巡り、裁判所に持ち込まれた審判や調停の件数は2016年に約1万5千件。20年前と比べ、約1.5倍に増えている。

 調停だけでなく、遺言の効力を争う訴訟も絶えない。死亡者の増加や相続人の権利意識の高まりなどに加え、冒頭の男性のような、老老介護・老老相続の広がりも一因とみられる。

 高齢で亡くなる人が増え、被相続人のなかで80歳以上が占める割合は、平成元(1989)年の4割未満から今や7割。認知症になって遺言能力を問われたり、介護を巡って遺族がすれ違ったり。相続が「争族」となる火種は多い。

 もめ事を避ける予防策にも、火種にもなる遺言。西天満総合法律事務所(大阪市)の松森彬弁護士は、こう指摘する。

「子どもがいなくて配偶者にすべて相続させたい場合や、事業資産を特定の後継ぎに承継させたい場合など、遺言が効果的なケースはあります。一方で、相続人が配偶者と子だけで、子に平等に相続させたければ遺言は不要といえます。どの財産をだれに、と指定したい点もあるかもしれませんが、事情が変わる場合もあり、かえってもめる恐れがあります。遺言があれば紛争にならない、と考えるのは早計です。遺言はそれが原因でもめることも覚悟のうえ、自分の遺志として残したい内容があるかをよく考えて作るべきだと思います」

 高齢になるほど認知症になる恐れが高まり、遺言を書く能力も落ちるかもしれない。一方で、元気なうちは現実味がなく、介護や終(つい)のすみかなど将来も見通せない。内容も書き時も難しいのが、遺言につきまとう悩みだ。では、どうすればよいのか。

「遺言を書く場合は、相続人の間で差をつける分け方を指定することが多いと思います。ただ、分け方の理由を書いても、納得しない相続人が出てきます。生前から口頭で考えを伝え、了解を得るのがよいでしょう。遺言に頼るのではなく、生前のコミュニケーションに力を入れることが大事だと思います。遺言は状況の変化に応じて書き換えることも必要ですが、公正証書遺言は費用や手間がかかることもあって、何度も作成するのは面倒です。それが相続の争いを生む一因にもなっています」(松森弁護士)

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