感染症は微生物が起こす病気である。そして、ワインや日本酒などのアルコールは、微生物が発酵によって作り出す飲み物である。両者の共通項は、とても多いのだ。感染症を専門とする医師であり、健康に関するプロであると同時に、日本ソムリエ協会認定のシニア・ワイン・エキスパートでもある岩田健太郎先生が「ワインと健康の関係」について解説する。
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S. cerevisiaeはビールを作り、パンを作り、ワインを造り、日本酒を造る。このような、多様な働きをする酵母の作用を初めて検証したのが「パスツール」だ。
もっとも、ヒト(Homo sapiens)に個性があるように、S. cerevisiaeにも個性がある。「ワインを造る S. cerevisiae」と「日本酒を造る S. cerevisiae」は、同じではない。
落語家の柳家小三治さんが昔、福井県の造り酒屋でワインの味がする日本酒を飲んだ、とエッセーに書いている(『落語家論』ちくま文庫)。ワイン酵母で造った日本酒はワインの味がするのだとか。これも酵母の個性がなせる業だろうか。
■「家畜化」されているワイン酵母
さて、現在使われているワイン酵母は基本的に「家畜化」されている。では、「家畜化」とはなにか。
微生物はもちろん、全てもともとは「野生」の存在だ。しかし、人間が発酵という人為的な目的のために使用し、そしてそのまま変異を重ね、人間界以外では存在しない生物に変化することがある。これを「家畜化」という。つまりは、人間の役に立つよう変異がなされた改変種だ。
S. cerevisiaeは、約1万1900年前にアフリカの酵母から家畜化されたと考えられている。3800年前に日本酒の酵母が、2700年前にワイン酵母が、枝分かれして生じたそうだ。ちなみに、アルコール発酵を行う酵母のみならず、ワインの原材料である植物のブドウも野生のものではなく、農業用に変化したものだ(後述)。
こうした実験の結果、パスツールは「酵母こそがアルコール発酵の主役なのだ」と発見した。また、それ以外の菌(例えば乳酸菌)の増殖をおさえることが大事だという発見もした。そこでパスツールは困っていた酒造業者に、競合する乳酸菌が生じないよう、タンクをきれいに洗浄するようアドバイスした。
■飲食物の殺菌に応用されている、パスツールの原理
後にパスツールは、沸騰しない程度の比較的低い温度で温めてやればこのような発酵を邪魔する微生物が死滅することも証明し、これを現場で応用した。低温殺菌処理、パスツールの発見した「パスツリゼーション」の誕生だ。