最近、和牛を食べましたか? かつて、ささやかなぜいたくといえば、自宅ですき焼きという家庭も多かったはず。しかし、今や和牛は高嶺の花で、輸入牛肉や豚肉に消費がシフト。和牛を「ほとんど食べない」人が約3割との調査結果もあります。和牛に何が起きているのでしょうか。
上越新幹線の本庄早稲田駅から車で20分、埼玉県神川町に約100頭の黒毛和牛を育てる牧場がある。運営するのは、首都圏や近畿圏で60店超を展開する焼肉店「トラジ」。昨年から育て始めた牛が今年秋、出荷期を迎えた。11月29日(いい肉の日)、「トラジ和牛」として全店でお披露目する予定だ。
畜産農家が焼肉店を運営することは、これまでにもあった。しかし、その逆は珍しい。トラジが「業界初の自社牧場」という挑戦を始めた一因は、和牛の高騰。高山光錫(こうしゃく)常務(49)はこう話す。
「和牛の価格は高止まりが続く一方で、頭数は大きく増えません。当社は焼肉店ですが、畜産物の生産という川上の分野にも乗りだし、“6次産業化”を進めたいと考えていました。異業種による牧場経営は難しい、採算が合うのかなど様々な意見が社内にありましたが、価格高騰もあって、計画を進めてきました」
新規事業を背負うのは、肉の仕入れを担っていた高山さんと、店舗で働いていた村松剛さん(34)。ともに牛の飼育は素人だったが、埼玉県で「武州和牛」を育てる塚田牧場の協力を得られ、軌道に乗せた。
まず直面したのが、育てるために買う子牛の高値だった。昨年1月、栃木県矢板市のせりでの購入価格は1頭100万円。和牛子牛の価格(全国平均)は5年前の2倍以上に上がっており、今や車1台分に近づく水準だ。
和牛とは黒毛和種、日本短角種、褐毛(あかげ)和種、無角和種の4品種。国内の牛肉消費の2割弱になる。その生産者は、子牛を産ませて約10カ月育てる繁殖農家と、それを仕入れて約20カ月育てる肥育農家とに分かれる。繁殖農家の高齢化や離農で子牛が減り、肥育する牛の数も減って価格が高騰。高山さんは「東京以外の卸売市場で入荷が減り、地方の仲買人も東京に買い付けに来るほどです」と話す。
自社で育てた牛ならば、安定して店に出せる。今は月5頭の出荷で、必要量の1割弱だが、頭数を今後増やす。子牛高騰の影響を抑えるため、繁殖も肥育も自ら担う一貫経営を始めた。
「採算はまだ厳しいですが、出荷した牛は(最高級の)A5等級のよい仕上がりです。子牛2頭がすでに生まれ、繁殖用の母牛も増やしたい。繁殖肥育の一貫経営を軌道に乗せつつ、規模拡大で生産コストを抑えていくことが今後の課題です」(高山さん)