作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は、筒井康隆氏の作品の世界観がAVに似ているという。

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昭和の大先生、筒井康隆さんのツイッターが炎上した。

「長嶺大使がまた韓国へ行く。慰安婦像を容認したことになってしまった。あの少女は可愛いから、皆で前まで行って射精し、ザーメンまみれにして来よう」

 ちなみにこの方、82歳。今の天皇陛下は83歳。石原慎太郎は84歳。生きていれば菅原文太さんは83歳……動揺するあまり、思わず同世代の男性を調べてしまった。なるたけ偏見を持たないように生きたいと心がけているけど、私自身が80代男性に対するある種のイメージを固定化させていたのかもしれない。

 老いたとしても猛々しい性暴力を夢想する人はいるのだろう。とはいえ、その時に自らの肉体をふと振り返り、ふふ、と自嘲し控えるくらいの自制心と客観性と余裕を80代は持っているだろ、という思い込みがあった。しかしそれは、私の牧歌的な老人観だったようだ。筒井さんは、日記の一部として書かれた“これ”を、敢えてきりとってツイッターで拡散した。作家として男として、現役感をアピールしたかったのだろう。受けると思ったのだろう。

「思えば昔は危険を冒してブラックな作品を多く書いたものだったが、あの頃が懐かしい」(「奔馬菌」)

 
 東日本大震災以降に書かれた作品をいくつか読んだ。筒井さんの小説に触れるのは10代の時以来だ。この小説には、表現に対する筒井さんの悔しさが描かれている。原発事故を作家はどう表現できるかと逡巡し、しかし得意のブラックジョークでフクシマを揶揄したら、今の時代はとんでもなく叩かれるだろうと考える。昔は女性差別表現も外国人差別表現ももて囃されて、自分の本はよく売れたのに、懐かしい、と。

「小せぇ」、読みながら、思わずつぶやいてしまった。フクシマを揶揄したいなら、すればいいのに。それが自分の表現ならすればいいのに。できないのを「現代」のせいにするなんて、なんて小さいのだろう。やろうと思えばやれるんだぜ、とナイフ持って震える子どもみたいじゃん。一方で、女性差別や外国人差別は「俺らしさ」全開で世界中に拡散することは厭わないというのにね。

 30年ぶりに筒井本を読んで、露悪や暴力や差別を軽快に表現することが自由/リアル/人間の本性と捉えてね!みたいな世界観にノロノロとついていきながら、あ、これ何かに似ていると思った。そうだ、AVだ。仕事柄、AVを観る機会は人よりも少し多かったと思う。確信するのは、筒井小説とAVを支えている世界観はとてもよく似ていることだ。

 露悪的で、悪ふざけで、暴力を厭わず、差別こそ人間のリアル、心地良いセックスはウソ、人をおもんばかる行為は偽物、良識や人権は表現を規制する、そんなの嘘! とにかくザーメンだ!

 だけど国家権力や世論には配慮します、だってお商売だもの。エロ表現の自由は死守します、だって男だもの。そんな小ささも含めてAVは筒井だ。小さい、としか言いようがない。

週刊朝日  2017年5月19日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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