

昭和の時代に栄えた産業や日常生活を支えた職人たち。時代とともに機械化が進み、その姿は今では消えつつある。競合が消えたことで逆にニーズが生まれたり、文化として若手に注目されたりした分野も。かろうじてまだ現役が活躍する、限界集落ならぬ「限界職人(マイスター)」を訪ねた。
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工作機械が無駄なく配置された店舗兼工房では、グラインダー(研削盤)を動かすモーター音が鳴り、職人が黙々と手を動かす傍らで、来店客がサンプル品を吟味していた。手にする眼鏡フレームは、キャラメルのようなつやがあり、レトロで味わい深い雰囲気だ。
「皆、ニコニコしながら選ぶ。1時間くらいかける人もいますが、こちらも作業してるので急かしません」
そう話すのは、東京都江戸川区北葛西にある「眼鏡ノ奥山」の奥山繁さん(67)。同店は、手作業中心で昔ながらのセルロイド素材の眼鏡フレームを製造・販売する。繁さんは祖父の代からの眼鏡職人だ。
独立して開店したのは1979年。問屋に卸す方式から受注製作になったのは7年前で、4代目の奥山留偉さんの発案だという。コンタクトレンズの普及や格安チェーン店の台頭で個人の眼鏡専門店が苦境に陥る中、あえて原点に回帰した。すると、ほかにはない眼鏡を求め、遠方からも客が来るようになった。
「いまは、注文がさばけなくて土日も夜12時くらいまでやっています」
糸ノコを使った切り出し、2時間かけるつや出し研磨など、工程が多く、完成品は1日二つほどしかつくれない。顔が大きくて、あるいは小さすぎて合うサイズがないという人たちの駆け込み寺でもある。特に顔の大きな人のリピート率は8割。中には力士もいるという。
「左右で耳の位置が違い、既製品では左右斜めになってしまう人もいます。アームの接続部分に角度をつければ平行になる。でも、そういう手間のかかることは、なかなかやってくれないんでしょうね」
注文では、まず「顔の計測」から始める。顔の横幅や目から耳までの長さは、ミリ単位で人によって異なる。アームもサイズごとに型を用意している。
「顔に眼鏡を合わせるのがポリシーですから」
セルロイドを使うのにも理由がある。既製品によく使われているのはアセテートや石油素材。それに比べて、樹木(楠)を加工しているので強度がある。アームの芯の部分に金属を使わずにすむので軽い。
人気のデザインは、アームに「継手」という宮大工の工法を取り入れたものや、落ち着いたマット仕上げ。また一つ工程が増えるが値段は変わらない。
「手間だけど、お客さんが喜ぶならやっちゃいます」
※週刊朝日 2017年5月5-12日号

