
週刊朝日の名物連載「コンセント抜いたか」がもうすぐ1千回。それを記念し、嵐山光三郎さんがこよなく愛する東京・神楽坂についてご寄稿くださった。
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立春を過ぎてから寒波が押しよせ、神楽坂の石畳の坂道に雪が降った。毘沙門天から軽子坂へ抜ける細道は巾二メートルほどで、むこう側から傘をさした人が歩いてくると、すれちがうときにぶつかってしまう。そのため、ちょっと傘をすぼめる。
夜の一時ごろ、黒いトンビをはおって下駄をはいて徘徊する老人は私です。神楽坂の不思議は、虚と実のからみあいにあって、どこまでが現実で、どこからが幻影なのかがわからない。花街でありつつ出版社が多く、ブックカフェがあり、町が物語化している。ぐるぐると細い路地を廻っていくうちに迷子になる。たまんないな。
夜は江戸風の小路となり、料理が上等で、値段が安く、和物老舗、居酒屋など、商店街の主人は、いずれも穏やかでふところが深い。これほどダンディーで気骨のある古風な町はめずらしい。
朝、目がさめると、ふとんの下から地下鉄が走っていく音がきこえる。「枕の下を水のながるる」のは京都園だが、神楽坂は「枕の下を地下鉄ながるる」のです。
※週刊朝日 2017年3月10日号

