うつ病治療の3本柱は、「環境調整」「薬物療法」「心理療法」。今回は、心理療法の一つ、認知行動療法として近年注目を集める、「マインドフルネス」。治療の最前線を紹介する。
「これはトマト、こっちはインゲン、こっちはピーマン。苗はホームセンターや近所の農家から買っているんですよ」
こう言って記者に写真を見せてくれたのは、関東地方在住の小川一夫さん(仮名・70歳)。毎日の土いじりで日に焼け、真っ黒になった顔に笑みが広がる。
うつ病とは縁遠いように見える小川さんだが、これまでに3回発病。いずれも仕事が激務だったのが原因で、人間関係のこじれもあった。大学病院の精神科などに入院し、休職期間は合わせて1年以上にも及んだ。
小川さんがうつ病から再起を遂げるきっかけとなったのが、野菜作りだ。抗うつ薬のデプロメール、パキシル、トレドミン、抗不安薬のセルシン、デパス……。闘病中は次々と処方が変わったが、どれを飲んでも頭がボーッとするだけで、体調が良くならない。そんな小川さんの様子を心配した父親から「気晴らしにどうか」と誘われたのが、父親の趣味、家庭菜園だった。
「手伝い始めてしばらくしてからです。芽が出て、幹が太くなり、実をつける。野菜の伸びようとする姿に感動してしまって。生きる力や希望を与えられた気がしました」(小川さん)
さっそく自宅近くに農園を借り、家庭菜園を始めた。水や肥料やり、害虫対策、雑草取りなどに精を出すうちに、体調も回復していき、薬も不要になっていった。復調して13年あまり。その間に復職や定年退職、再就職などを経験したが、再発もなく、体調は良いままだ。
「私は、もともと負けず嫌いで、凝り性。何事もやりすぎる傾向があって、無理が続いた結果、うつになってしまいました。悲観的な気持ちから離れられるようになったのも、野菜作りのおかげです」(同)
小川さんの再起は、「マインドフルネス」という概念と大きくかかわりがある。これは、アメリカの脳科学者ジョン・カバットジンが「ヨガ」や「禅」の思想を発展させて生み出した手法で、「今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること」(日本マインドフルネス学会)と定義される。日本の認知行動療法の第一人者、大野研究所の大野裕医師が解説する。