西武ライオンズの元エースで監督経験もある東尾修氏は、広島の新井貴浩の2千本安打達成を通して、プロ野球選手にとって最も大切なのは“うまさ”ではないと感じたという。

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 広島の新井貴浩(39)が4月26日のヤクルト戦(神宮)で2千安打を達成した。2112試合目での到達は、大学・社会人出身者では最も遅いという。

 駒沢大学から広島にドラフト6位で指名された。大学出身、しかも野球伝統校からこれだけの下位指名で入るのだから、本人も相当な覚悟があったはずだ。

 入団当時のヘッドコーチが大下剛史さん。猛練習って一言で言うけど、当時の広島は12球団で断トツの練習量を誇っていた。2軍選手などは早朝6時に起床し、夜までバットを振り、そしてゴロ捕球動作の反復練習を繰り返したと聞く。その方法が新井に合っていたのだと思うよ。

「精神力」は体が丈夫でなければ伴わない。過酷な練習についていける体力があるから、それを乗り越えて精神的にもたくましくなる。私は西武監督時代に松井稼頭央(現楽天)を使い続けたが、やはり体の強さがあった。PL学園から投手として入団し、スイッチヒッターに転向したが、人の2倍、3倍の練習量をこなす体力があった。

 とはいえ、自分の力だけで大記録をつくる選手は少ない。どんな選手でも周囲に助けられている。新井の場合、厳しい練習を課した大下さんと、彼を4番で使い続けた監督の山本浩二さんの存在が大きい。チームメートの金本知憲(現阪神監督)や前田智徳の練習に対する妥協なき姿勢も、常に新井の背中を押してくれたことだろう。

 新井は、不器用だとか、努力の選手であるとか言われるが、周囲の「人」に恵まれたという運も持ち合わせていたと感じるよね。

 
 新井の今回の金字塔に接し、改めて思うことがある。野球選手にとって、野球の動きで養った体が、いかに大事かということだ。今の時代はトレーニング技術が発達し、ウェートトレーニングの方法論も多岐にわたる。サプリメントも充実し、上質な筋肉を作るための環境も整っている。

 しかし、「球を扱う」中で作った体が根幹になければいけない。打者ならバットを振る中で身につけた筋肉や各部位の力強さ。投手なら、土の上でのランニングや、傾斜のあるマウンドでの投球で強くした体。ウェートトレーニングやサプリメントは、あくまでもその体を補完していくものだと思う。効率化ばかり求めたら、本当の力強さや、体に負荷がかかったときに故障しない耐久力などは出てこないのではないかな。

 西武の右腕、岸孝之が4月24日の楽天戦(西武プリンスドーム)で右内転筋を痛めて降板した。自身初の中4日だったという。故障に至る要因は一つではないと思うが、故障しやすい選手は、練習の強度や方法を見直してみるといい。35歳を超えても、新井のように芯の強さを身につけていられるかどうか。それには長年の蓄積がモノを言う。

 最近の選手は力強さよりもうまさが目立つ。技術レベルは以前とは比べものにならないよ。ウェートトレーニングの普及もあって、練習量も昔の選手より増えているかもしれない。ただ、野球の動きの中で身につけた強さは失われているように感じる。ウェートトレーニングを実際の野球の動きに結びつけなければダメだ。「球扱い」をおろそかにしたら、30代後半に大きな差が出てくる。

週刊朝日 2016年5月20日号

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東尾修

東尾修

東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝。

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