「高齢者の不安は“死”に対する漠然とした恐怖からきます。ですから、本来は薬ではなく、患者さんに寄り添う別のアプローチが必要なんです」
生活習慣や体調は一人ひとり違う。本来なら患者の背景に沿った薬の飲み方や薬の形状が必要で、適切に服薬できるよう指導する役目を担うのは、薬剤師であり、地域の薬局だ。
だが、薬剤師や薬局にも課題がある。ひとつは患者とのコミュニケーション力が十分ではない薬剤師がまだ少なくないという点だ。
医療機関近くに乱立する門前薬局の存在も問題だ。最近では門前薬局同士の競争が激しく、「隣の薬局より1分1秒でも早く薬を出す」ようになっている。患者もそれを望み、少しでも時間がかかると「遅い」とクレームをつけてくる。説明不足のまま、渡してしまうケースも少なくない。下剤と降圧薬を間違えて飲み続けていて、薬剤師から説明を受けて初めて気付いたというケースもある。
残薬減らしという点から、先駆的な「節薬バッグ運動」に取り組む福岡市の例が参考になるだろう。
同運動のきっかけは、12年の調剤報酬改定の前年に報告された製薬会社のアンケート。調査に答えた薬剤師の98%は、処方薬を出すときに「患者に説明をしている」と答えたが、患者の48%は「説明を受けていない」と答えていたのだ。
「薬剤師が説明したと思っていても、患者さんには伝わっていない。その現実を突き付けられたんです」
そう話すのは、福岡市博多区の住宅地にあるシティ薬局の木原太郎さん(48)。福岡市薬剤師会の副会長として、節薬バッグ運動の先陣を切った一人だ。
同運動では12年、薬剤師会の会員31薬局がトライアルで1600枚のバッグを患者に配り、残薬を持ち込んでもらった。このデータを九州大学で集計・解析。3カ月間で252人から出た残薬のうち70万円相当を削減できたことがわかった。これを受け、13年には全会員650薬局に運動を拡大した。
調整した薬は下剤、胃薬、血糖降下薬など。費用的に大きかったのは、降圧薬と高脂血症の薬だった。
同薬剤師会会長の瀬尾隆さんは、この運動で「思わぬ副産物」が生まれたと喜ぶ。バッグが薬剤師と患者のコミュニケーションツールになったというのだ。
「これまでは薬剤師が患者さんに“残薬はありませんか?”と話す一方通行のやり取りでしたが、運動以降、患者さんのほうからバッグに残薬を入れてきて“薬が残っているけれど、どうしたらいい?”と言ってくれる。薬に意識が向くようになりました」(瀬尾さん)
※週刊朝日 2016年3月11日号より抜粋