作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。1930年代の「空気」を調べる機会があったという。
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安倍政権になってから、トイレに関する話題が多い気がするのは、気のせいだろうか。有村治子女性活躍担当相が女性の活躍のためにもトイレの整備が大切!とトイレに力を入れていることをはじめ、最近は、トイレに書かれた「自民党」という落書きや、安倍政権を批判する落書きで、警察が出てくる始末。
トイレの落書きは「器物損壊」にあたるという。テレビでアナウンサーが落書きが「発見された」と言っていて、思わず噴き出してしまったけど、トイレでの政権批判が、テロ扱いされる国になってしまったのね。トイレという、最もリラックスでき、最も間の抜けた空間で、最も緊張が漂うという辛さ……。
最近、1930年代の日本の「空気」について調べる機会があった。当時の資料を読んでいると、30年代前半は、市川房枝さんなど女性運動家たちが、いかに熱心に反戦を訴え、ファシズムに抗議し、軍縮を呼びかけていたかが伝わってくる。1931年の満州事変の後ですら、右翼や権力を刺激しないように考慮しながらも、平和を訴えていた。例えば1934年、市川さん等による全日本婦選大会などでは、事前に警察から「戦争反対」と言ってはいけないと言われていたけれども、「戦争反対平和愛好の思想を国民の間に普及する事」と、市川さんは朗読したという。
市川さんは美濃部氏とは親交がなかったというが、あまりにショックだったため、植木鉢を持って美濃部氏の自宅を訪ねたという。その日は会えなかったが、後日、美濃部氏からこういう手紙が来たと記されている。
「こういう時代になり、あなた方の運動も困難になるでしょう」
思い詰めた顔の権力者が力ずくで「平和」「正義」を訴える時代。冷静な議論ができなくなる時代。物を言えなくなる時代。トイレに落書きできなくなる時代。そんな空気に支配される時代。
天皇機関説攻撃事件から2年後、日本は本格的に戦争をはじめていく。そうなった時はもう、誰も何も言えなくなっていた。市川さんも、政府に協力していく。戦争反対、など言える空気はゼロになっていた。
同じ過ちを繰り返さないために。とにかくこの空気を攪乱すること。トイレではリラックス、思う存分「戦争反対」と言って、のんびり笑って、空気読まないでいたい。
※週刊朝日 2015年8月21日号