極地への旅も多いが、自分を登山家や冒険家とは思わないという。あくまでも写真家だ(写真=東川哲也)
極地への旅も多いが、自分を登山家や冒険家とは思わないという。あくまでも写真家だ(写真=東川哲也)
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 写真家、石川直樹と旅は切っても切り離せないものである。中2で高知県へ一人旅、高2でインド・ネパールへ渡った。旅をすれば知りたいことが増え、読書をし、刺激を受けてまた旅に出る。世界を自らの身体で咀嚼してきた。昨年はテント泊だけで100泊を数えた。今年はアンナプルナの登頂を目指す。石川が見てきた世界を見て、私たちもまた目覚める。

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 2022年10月4日、北海道上川郡東川町にある農村環境改善センターでは子どもたちを集めた写真家の石川直樹(いしかわなおき)(45)によるトークイベントが行われていた。旭川市に隣接する東川町は「写真の町」を掲げ、国際写真フェスティバルなど多くの写真関連イベントを開催してきた。石川は09年に東川賞新人作家賞を受賞し、その後もたびたび同町を訪れている。彼は数日前にヒマラヤのマナスル(標高8163メートル)に登頂したばかりで、身体は痩せ、頬には黒く凍傷が残っていた。

 この日は自分の写真や子ども向けの自著をスライドにして紹介しつつトークを進めた。子どもの質問に答える話し方は大人に対するそれと全然変わらない。そう伝えると石川は言った。

「子どもを子ども扱いすることはしません。誰にでも同じように接しているはずです。そういうふうにする人を尊敬してきましたから。たとえば野田さん(カヌーイストの故・野田知佑)のような」

 石川は東京都渋谷区生まれ。23歳の時に七大陸最高峰登頂の最年少記録(当時)を打ち立てて話題となった。その際、明治生まれの無頼派作家・石川淳の孫という情報も漏れ伝わってきた。

「家にはたくさん本があって、本ならいくらでも買ってもらえました。父は『家にある本を全部読んだら学校に行かなくてもいいんだ』みたいなことを言っていました」

 石川は幼稚園・小中高と私立の名門・暁星学園に通った。暁星学園は都心部にあり、小学生も公共交通機関で通学する。車内では騒いだりせずに本を読むことが奨励されていた。通学時間を利用して少年は読書に熱中する。その一方で自然の中へ入っていくことも大好きだった。父は息子を川遊びや低山歩きに連れていってくれた。やがて石川は野田や作家の椎名誠の本の虜(とりこ)になった。自然と自由を愛し、権威を恐れない大人たちである。

「野田さんや椎名さんは『環境を破壊するゴルフ場を無自覚に利用してる奴はダメだ』とか『無目的に生きてもいいけれど、もっとおもしろいことはたくさんある』と煽(あお)ってくるわけですよ。当時は気づいていなかったけど、僕はそれをまともに受けて立とうとしていたんだと思います」

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