■星の位置で方角を知る 9日間の過酷なカヌーの旅
マウの頭の中には重要な星の位置が収まっている。自分のカヌーを基点として円周上に32の星を配置し、それを夜空の星の位置に照らし合わせて方角を知るのだ。1カ月にわたって基礎を教わったのちマウの航海に伴われた石川は、島影さえ見えない9日間の旅を経てようやく目的地のサタワル島に到着する。途中で水が尽き、恐怖に駆られて精神を病んだクルーも出たほど過酷な旅だった。その間マウは沈黙し時々指示を出すだけだったが、見事にサタワル島へカヌーを導いた。GPSなどない時代も人はこのように自分の力だけで旅をし、文化を幾重にも伝えあってきたのだと実感した。
03年には東京藝術大学大学院に進学。学生という自由な立場や時間は心地よかったし、美術史家・東京藝術大学名誉教授の伊藤俊治(69)の著書『ジオラマ論──「博物館」から「南島」へ』などに刺激されて伊藤のいる藝大大学院に行きたいと思ったのである。伊藤は言う。
「当時の彼はすでに文章を書いていて、自分の文章の深みと写真の深みをどのように結びつけていけば良いのか、実践の中で探究していた時期でした。大学院で学ぶ過程で自分がやらなくてはいけないことに覚醒していき、大きな成長を遂げたのです。彼は修士論文でナイノア・トンプソン(ハワイの遠洋カヌー航海師)の星の航海術を、博士論文では東南アジア島嶼部・ベーリング海峡周辺地域における神話や渡海の文化について書いています。こういう文章を書かないと次の視座はなかなか見えてこない。撮影だけでは無理でした」
(文中敬称略)
(文・千葉望)
※記事の続きはAERA 2023年2月20日号でご覧いただけます。