高橋大輔選手 (c)朝日新聞社 @@写禁
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 ソチ五輪開幕直前、フィギュア男子代表の高橋大輔(27)が、またもや“騒動”に見舞われた。ショートプログラムで使用する曲「ヴァイオリンのためのソナチネ」がゴーストライターの手による作品だと発覚したのだ。

 この曲は“現代のベートーベン”と呼ばれる全聾の作曲家・佐村河内守(さむらごうちまもる)氏(50)が、義手でバイオリンを演奏する少女(13)のために2012年に贈ったとされてきた。だが今月6日発売の「週刊文春」誌上で、音楽家・新垣隆氏(43)が「18年間にわたって佐村河内氏のゴーストライターをしていた」と告白し、「ソナチネ」を含む20曲以上を自分が手がけたと明らかにした。

 さらに、新垣氏は記者会見を開き、「指示されるがままに曲を書き続けた私も『共犯者』」と謝罪。このタイミングでの重大発表の理由を「高橋選手がソチ五輪で演技した後に事実が発覚した場合、『偽りの曲で演じた』と世界中から非難が殺到することを恐れた」と語った。佐村河内氏が全聾であったかについては「聞こえないと感じたことは一度もない」と否定した。

 これに先立ち、佐村河内氏の弁護士も「十数年前から特定の別の人物が作曲してきた」との声明を発表し、新垣氏がゴーストライターであったと認めている。

 高橋がソチ五輪で使う曲目を報道陣に発表したのは昨夏。だが、新垣氏が知ったのはかなり後になってからで「テレビなどで何となく」という。

 なぜ、もっと早くカミングアウトしなかったのか。

 新垣氏は昨春、佐村河内氏へピアノ曲を提出した際に「もうこれ以上できない」と思い、それをメールなどで伝えたが聞き入れられなかった。昨年12月に再び提案したが、折り合えなかった。

 そのころ、新垣氏のもとへ、「ソナチネ」を捧げられた義手の少女とその家族が相談を持ちかけてきた。「佐村河内氏から絶縁され、少女がバイオリンを学び続けるのが困難な状況に陥っている」という内容だった。少女のピアノ伴奏を何度か務めて信頼関係があった新垣氏は、一家の前で頭を下げ、「18年間、僕が作曲していた」と嘘を明かし、謝った。

 こうした一連の経緯を今回「週刊文春」で書いたノンフィクション作家の神山典士(こうやまのりお)さんは、少女についての児童書を出版している人物だ。

「新垣さんの謝罪は、少女だけでなく、2歳下の妹も一緒に聞いていたそうです。子どもたちにとっては『大人ってウソをついてもいいの? ウソをつき続ければ許されちゃうの?』 ということになる。それは新垣さんも僕も耐え難かった」

 新垣氏は会見に臨む数日前、この少女と一緒に「ソナチネ」をごく限られた人の前で演奏した。映像は会見でも流された。その場に立ち会った神山さんは続ける。

「少女は今回、高橋選手に宛てて、自ら手紙を書いたんです。その中で、真実を知ったショックを打ち明けるとともに、自分のために書かれた『ソナチネ』で高橋選手がソチ五輪で演技することをとても楽しみにし、応援しているとつづっている。手紙に佐村河内氏の名前は登場しません」

 騒動の渦中にある曲「ソナチネ」だが、本当にソチ五輪で使うことができるのか。

 高橋は曲目を変更しないことを公表し、マネジメント会社は公式ホームページ上で「今は五輪直前の大切な時期で、やるべきことに真摯に取り組み本番を迎えたい」と記す。関係者によると、本人には特に動揺した様子は見られず、淡々と練習に励み、予定どおりに開会式後にソチ入りする。

 この曲を推薦した振付師の宮本賢二さんは、佐村河内氏についての知識がないまま選んだという。今回の騒動後に更新した自身のブログでも「プログラムには自信があります」と書いている。

 こうした高橋サイドの迅速な対応に、新垣氏は「このような事態でなお、この曲を選び踊ってくださると聞き、非常にうれしく思いました」と感謝の言葉を口にした。佐村河内氏の弁護士も「4年に一度の本番直前、しかも最後の五輪になると言われているのに本当に申し訳ない」と陳謝を代弁している。

 実際問題、本番わずか1週間前というタイミングで、選手が曲目を変更することは大きなリスクを伴うのも確かなようだ。

 トリノ五輪金メダリスト荒川静香さんも五輪で曲目を変えたが、最後の試合から本番まで約2カ月あった。元フィギュアスケーターの村主(すぐり)千香さんが語る。

「荒川さんでさえ『大きな賭け』と言っていた。シーズン中に曲目を変えることは、一流選手でも精神的動揺が大きく、通常はありえません。高橋選手が変更しなかったのは正しい判断だったと思います」

 一番のネックになってくるのは著作権の問題だ。

 高橋サイドは昨年、ソチ五輪で「ソナチネ」を採用すると決めた時点で日本音楽著作権協会(JASRAC)に申請、使用料を納めている。しかし今回の騒動を受けてJASRACは7日現在、佐村河内氏の作品として登録された全曲について「権利の帰属が明確になるまで、利用の許諾を保留する」としている。ただし、JASRACも前向きに検討中だ。

「新垣さんが6日の会見で『著作権は放棄する』と訴えており、おそらくこの状態のまま許諾という流れになる。長引かせても高橋選手に迷惑をかけるだけ。一刻も早く佐村河内さんと話し合って解決したい」

 音楽評論家の奥田佳道さんは作品が、その評価とは無関係に消えることを懸念する。

「今後、楽曲を封印する動きも出てくるだろうが、新垣さんが作った音楽そのものに罪はない。心を動かされた聞き手の素直な気持ちを否定しないでほしい」

 今回の騒動が無事に「着氷」し、高橋がソチの銀盤で堂々と自分の実力を出し切ることを願う。

週刊朝日  2014年2月21日号