2013年12月のグランプリファイナルで2季連続4度目の優勝を果たした浅田真央(23)。14年2月のソチ五輪での引退を表明している。スポーツライターの青嶋ひろのさんが、真央の歩んできた道のりを描いた。
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12年2月、四大陸選手権の開かれていた米コロラドスプリングス。トイレでおかしな動きをする浅田真央を見かけた。
手をかざせば紙タオルが自動的に出てくる機械を前に、いかに手を素早く引いてタオルを出させないか、で彼女は遊んでいたのだ。こちらはどんなに素早く手を引いても、紙タオルが出てきてしまう。「だめですよぉ、こうですよ!」と、真央は笑い転げていた。
こんな真央は久しぶりだと思った。10年前の写真を見返すと、フライドチキンの店で、棒アイスにかじりついている姿がある。
取材中に、「真央、ガリガリ君が食べたい!」とコンビニへ走っていき、頬張りながら機嫌よく話を続けた。
「氷上の妖精じゃなくて、氷上の吉本」とは、母の匡子さんの当時の言葉。あれから彼女にはいろいろなことがあったけれど、素の部分は、実はそれほど変わっていないのかもしれない。
変わったのは彼女に向けられる視線のほうだろう。オリンピック出場年齢に満たないのに、金メダル候補を負かした、05年。その瞬間から、ひとつのストーリーができあがってしまった。
いつかこの子は、オリンピックで金メダルを取る。目には見えない重い枷(かせ)を、彼女も無意識に感じたのだろう。やがてコロコロと笑わなくなった。涙も増えた。
そして、ソチ・オリンピックシーズン。「今回こそ金メダル?」。話題はそればかりだ。グランプリファイナルでは優勝したが、真央の状況はそれほどやさしいものではない。ライバル金妍児(キムヨナ)だけでなく、ロシアや米国の若手は、みな鮮やかに3回転―3回転を跳ぶ。彼女はそれにトリプルアクセルで対抗するわけだが、まだ今季、完璧に決めるところは一度も見せていない。
時代はアイコンとして、真央にオリンピックの金メダルを課し続けてきた。彼女のストーリーは、金メダルでやっと完結する、とでもいうように。でもせっかくの2度目のオリンピック。どうかその枷を外して、彼女を見てあげてほしい。
15歳から、23歳へ。浅田真央の8年間を、私たちはせっかくつぶさに見てこられたのだ。人に見られるために存在する女優やタレントのそれではなく、ひたすらひとつのものに打ち込んだ女の子の、美しい8年間の成長を。日本人がこんな形で目の当たりにするのは、初めてではないだろうか。
※週刊朝日 2014年1月3・10日号